第4話 鵺 (ぬえ)  

 顔が真近に迫って来た。


 さっき見た可愛い顔から幼さが消えて、ちょっと女の子っぽい感じも有るが顎の細い鼻筋がスッと通った素敵としか言いようのない男の子の顔になっている。

 こんな状況なのに少しの間見とれてしまった。


 ニッと微笑む笑顔が素敵過ぎる、何なのコイツ、カッコ良すぎる。


 ズキッ、、、その視線に胸をつらぬかれた感じ。


(素敵!、、、今まで男の子なんて鬱陶しいとしか思っていなかった私、恋心なんて全くないと思っていたのにすてきだなんて)

 自分の心に戸惑う、襲われている状況なのに。


(入っていい)

 言葉ではなく頭の中に直接響く。

(えっ入るってどういう事?)

 ちなみに男女の何とかは授業でも有ったらしいがよく寝ていた私は記憶にない。


(十六夜を待っていた)

(それは、うん分かるよ、良いよ)


 飲んだ飲料の影響か思考がぶっ飛んでる私、訳も分からず了承した。

 

 押さえられていた手を離し紫の顔が徐々に近づく。

(ドクン、キスするの)


 唇が触れた瞬間何かが口の中へ入って来た、形も実態も無いものが私の中へスーと入っていく。


 しばらく放心状態。

 気が付くと何か重いものが体を押さえつけている。

(紫?)


 呼びかけても反応が無い、力を入れて体を横に捻るとこれまた何の抵抗も無く紫の体がごろんと私の横に転がって仰向けになった。

(えっどうしちゃったの)


 その姿は人形はしているがもう紫では無い様な気がした、サッと起き上がり私から離れる。

(何なのよ、さっきまでベッタリくっ付いといて)


 紫はそのまま振り向いて出口の方へ行くとクローゼット(いやどう見てもタンス)の扉の中へ入って行く。


(行かないで!)私が追いかけてクローゼットの中を覗くがすでに居ない、天井が半分くらいパッカリと開いていた。


(逃げたの、どうして)

 開いた天井の端に手を掛けグイッと引っ張るまでも無くちょっとジャンプしただけでクローゼットの上まで全身が上がっていた、慌ててその辺の穴でない所に両手足を着いて体を支える。


 今気が付いたが体が燃えるように熱く体中に力が溢れ出しそうな感じ、(そうか元気になるってこういう事ね)でも別の所で紫を追いかける私、紫、紫、一目惚れって気もする、が手元以外は真っ暗な闇の中に沈んで何も見えない。


 暗い中足元を手で探ると板がしっかりしているのが分かり少しホッとする、大抵の天井裏なんてペッコペコの薄い板で横に通る柱以外足を置ける場所が無い、もし柱以外の場所に足を置いたら天井に穴をあけて落下するか、天井丸ごと一緒に落下してしまう、大事おおごとだ。


 屋根裏探検家の私はそんな事は百も承知。

(何時からよ、でも決して泥棒ではないからね)


 この天井は全く違っている、立っている感覚で言えば廊下だ、手を振り回しても柱にも梁にも当たらない、しかも片足に全体重をかけても板はミシッとも音を立てない。


 だんだん目が慣れてきたぼんやりと辺りの輪郭が見えてきた。

 天井裏と言っても部屋の様になっている、まだ上に部屋が有るので屋根裏部屋ではないが感じとしては屋根裏部屋、但し高さが1.5mはないのでしゃがむかかがむ姿勢を強制される。


 少し離れている所に椅子や机が積まれていたり、大きな巻物や紙の束、巨大なそろばんなどなどが埃を被って白っぽくなっているのが見えた。

(これはずっと昔の机や椅子や使われなくなった教材などだ)


 暗くてもほこりの積もった椅子や机の形からレトロ感が漂っている。

(倉庫になっていてもうずっと使われていないのかも、と言う事はどこかに扉が)


 少し離れたあちこちで目が光っている、ネズミらしきモノが何匹かこちらを伺っている。

 あいつらだって私の光る眼を(何者だ)と警戒している筈。


 目が光るのは小学校の時天体観測で皆に怖がられたから、それで知っている。

 そのおかげか月の出ていない夜でも明かりを使う必要が無かった、懐中電灯なんて眩しくて部屋のどこかに紛れ込んでいる。


 目が光るくらいでそんなに恐れなければならないのか不思議に思ったが、天体観測日以外に使わせて下さいと先生に行ったら、さも助かったーと言う感じで即オッケーされ、私専用の観測室の合鍵も渡され、結局観測日以外に好きなだけ観測室を使わせて貰った。


 そのおかげで丑三つ時もお構いなしに時には明け方まで(日付が変わるまでに終わった日の方がだったけどそれはないしょ)一人で居たので、それで妖しさんと係わる事ができたのだ。


 所々頭上の床を押し上げて見ながらゆっくり進む。

(みっけ)

 扉を止めるらしき一メートル程の正方形の枠組みを発見。

 下から押してみるとカタッと少しだけ動くけど何かに当たって動かない。

 手探りで木の枠をたどってみると枠が途切れ半円の薄い板に手が触れた。


(カギだ)これを回して押すと(開いた)。

 板をグーと持ち上げ立ち上がると上半身が上の部屋に出る、三階は文化部系の部室になっているからどこかの部室なんだろうけど何の特徴も見られない、教室と同じように机が並んでいるだけ、真ん中辺りで塞がれていて前と後ろに分けられて居る様だ。


 開いた板を支えるつっかい棒で板を止める。

 月明かりが入りかなり明るくなった私にはこれで十分、もう一度屈み周りを見るが紫の姿は見当たらない。


(ああもう何処へ行ったのよ、見付けたら抱き付いて逃げられなくしてやる、きゃ大胆、、、やっぱり酔っ払っているみたい)


 でもさっきから動き回っているせいでさらに暑い、全身汗びっしょり。

 立ち上がるとふらっとした。


(ダメだ水分補給しなきゃ、今日はここまで)

 扉を閉じて部屋に戻る、窓を開けると冷気がすうーと入ってきて気持ちいい。


 汗だくのジャージの上を脱ぐ、絞ればしづくが垂れそうな程、その辺に放っぽっておけば汗が染みそうなのでハンガーに吊るし窓のカーテンレールに掛けておく。


(明日は速攻洗濯ね、全く何を飲ませてくれたのよ紫め、ああ恋しい、、、えっつ、だ、だめじゃん、あいつは妖怪鵺、私なんかイチコロ、ああイチコロにやられてる)


 入り口に置いてあるポットのお茶を二杯飲んだ、やれやれ。

 トイレに行って戻って来ると体の熱気がスッと引いていた。


(あれ、どうしてあんな小さな子供に夢中になってたの私、あーあのお茶にやられたんだ、鵺だもんなあ)

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