第8話
卒業ライブの日、ホールはとまとファンで溢れた。
皆が一体となった熱狂の二時間は瞬く間に過ぎて、迎えたラストのMC、朝倉とまとは涙で声を詰まらせながら、それでも感謝の言葉で締め括った。
「六年間、本当にありがとうございました。最後に、聞いてください。『あ☆さくらトマト!』」
聞き慣れた前奏に続いて歌が始まった。
舞台袖から華やかなステージを見守る奏太の肩に、英介が馴れ馴れしく腕を回してきた。
「次は奏太の番ってわけだ。ご両親に言うんだろう? 例のオファーのこと」
「ダメ元でな」
「大丈夫さ、弟君だって応援してくれてるんだろう?」
「健太はまだ小さい。父さん母さんが何年踏ん張れるかも分からないし、俺がいないと人手が……」
「何だ、まだウダウダ言ってたのか」
奏太の背中を強く叩いたのは神山だった。
「後のことなら気にするな。やる気のある就農希望者の一人や二人は見つかる。見つけてみせる。それでもご両親が許さないなら、その時は庭に正座だ。俺も一緒に頭を下げてやる」
「神山さん」
「夢を叶えに行ってこい」
――それから二年後。
調理師専門学校を卒業した智子は研修先だったフレンチレストランに就職、めきめきと腕を上げた結果、何と入店から三年目にしてスーシェフを任される。
しかし間もなくそこを辞め、二十五歳のときに佐倉町へUターン。同じ志を持つメンバーと共に地産地消にこだわったレストランを開き、ついに自分の夢を実現させる。
一方、念願叶ってミュージシャンとなった奏太が自身納得行くだけの成功を収め、バンドを引き連れて凱旋を果たすのはそこからさらに一年後。
『とまと☆ホール』を埋め尽くした観客の前で、彼はステージから客席の智子に向かって渾身のプロポーズを敢行するのだが、二人がただの幼馴染から無事に卒業できたかどうか、それはまた別の話である。 了
あるローカルアイドルの卒業 夕辺歩 @ayumu_yube
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます