第4話
神山の車が広い駐車場へ乗り入れると、学生三人は揃って感嘆の声を上げた。
芸術文化拠点施設『とまと☆ホール』はドーム状の外観を茜色に染めていた。
「立派だろう。地下一階、地上三階の鉄筋コンクリート造り。客席数は上下階合わせて三千五百。総工費三十九億円。設計も施工もすべて地元企業だ」
得意気な神山の説明を聞きつつ、一行はエントランスを抜けて大階段を上った。
重たい防音扉の向こうは暖色に輝く大ホールだった。
すり鉢状に並んだ客席が半円形のステージを見下ろしている。
感動しきりといった様子の智子が、見えない手に誘われるように客席の間を下りて行く。
「若気の至りだと思うことにして」
神山がちらりと奏太を見た。
「お前の姑息な工作についてはもう言わん。二度とするなよ」
「嫌です」
奏太は即答した。ステップを下りかけた神山の背中に思いの丈を言い放つ。
「商店街は朝倉とまとから卒業するべきです。智子に、あいつ自身の夢を追わせてやってください。解放してやって下さい。すがられて頼られて、身動き取れなくなる前に」
「自分のように、か?」
神山が振り向いた。こちらを見上げる目つきの険しさに奏太はたじろいだ。
「『青果あさくら』は智子の妹が乗り気で、店は自分が切り盛りすると張り切ってるそうだ。姉にはアイドル活動を頑張ってもらいたい、とな。お前にも歳の離れた弟がいたな。健太だったか」
「健太は関係ない」
「ある。兄弟どちらかが『響ファーム』の跡取りだ。奏太お前、どうせ跡を継ぐ自分は夢を追えない、とか考えてないか。そうやってムキになるのは、本当に智子のことを思う心からなのか?」
奏太には言い返すことができなかった。
背を向けた神山がステージへ向かう。
英介に促されて、項垂れた奏太も後に続いた。
「智子がいることだし、設備のテストをしてみよう」
青年部員たちに呼びかけた神山が智子にマイクを持たせ、ステージへ上らせた。
すぐさま白いスポットライトが智子を捕らえた。流石に慣れたもので、やや俯いて光を受け止めた智子は、その眩しさと熱さを確かめるようにゆっくりと両手を上げていく。
フットライトが智子の穏やかな微笑みを照らした。LEDのカラーウォッシャーが輝き始めると、ステージの上はありとあらゆる色で溢れた。
「いいね。本当に可愛い」
英介が呟く。奏太にも異論はなかった。智子は掛け値無しに可愛い。
商店街の皆の愛情をたっぷり注がれて健やかに育った、智子はまさに瑞々しい果実だ。しかもその愛される立場に驕ることなく、彼女は周囲の思いに懸命に応えようと努力する。だからいっそう輝いて見える。
突然、奏太にとって他のどれよりも思い出深い曲の前奏が流れだした。
朝倉とまとのデビュー曲『あ☆さくらトマト!』。振り仰ぐと、二階バルコニー中央に設えられた音響整備室の窓から青年部員の一人が手を振っていた。
手にしたマイクを智子が制服の胸に抱いた。不安そうな表情でこちらを窺う彼女に神山が頷き、奏太も頷く。瞬間、花咲くような笑顔を見せた智子はその場でくるりとターンした。
艶やかになびく髪。翻るスカート。
ステージライトの明滅がステップを踏む智子の姿にライブ衣装の幻を重ねた。
ローカルアイドル朝倉とまとの降臨だった。
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