第3話

 夕暮れの田舎道にアスコット・タイのスーツ姿はひどく浮いて見えた。

 奏太も顔を知る二人の青年部員を従えて、佐倉町商店街振興組合青年部の企画部長、神山がそこにいた。

 芸能プロダクションに勤めていた過去を持つUターン組の彼は、旺盛な企画力で商店街発展に寄与し続ける、朝倉とまとの生みの親とも呼ぶべき壮年だ。

「隣にいるのは英介君か。さっき市長に……、君の叔父さんに挨拶してきたよ。竣工が近い『とまと☆ホール』の運用について意見を交わした。助成金よりありがたいのは人と人の繋がりだな」

「とまとファンですからね、叔父も」

 市長の朝倉とまとに対する度を越した執心ぶりは市議会から問題視されるほどだという。

 本当にありがたい、と神山はにこやかに続ける。

「今年の夏祭りは良かったよな。イベントがあれだけ盛り上がったのは、来賓の市長が率先して楽しんで下さったお陰だ。ああ、もちろん曲も良かったぞ、奏太」

 夏祭りは振興組合創立五十周年記念を兼ねており、奏太は新曲として『愛でて~な☆さくら音頭』を提供したのだった。他の曲と同じように歌詞は智子が書き、ダンススクール『アルビレオ』の代表TATSUが振り付けをした。

 とまとの楽曲はすべて奏太が手がけている。

 その楽才を見込んだ神山がコネに働きかけ、またプロデューサーとしての手腕を発揮してくれたお陰もあって、奏太の許へは今年、東京のある音楽事務所から所属のオファーが来た。

 幼い頃からの夢、プロミュージシャンへの直行便だった。

 だが長男である奏太には実家の専業農家『響ファーム』を継ぐという定められた道がある。

 彼は舞い込んだ話に飛びつくことはもちろん、そのような打診があったと両親に打ち明けることすらできないまま、今も返事を保留して思い煩う毎日を送っていた。

「商店街は今、乗りに乗っている」

 大きな声と身振りで神山が言った。

「朝倉とまとを旗振り役にした大発展の流れの中にある。……ただ最近、残念なことにその勢いに水を差す動きがある。加盟各店への『とまと依存』を問うビラ投函、某サイトへの批判文の投稿とその拡散依頼」

 奏太を見据えたまま、ややあって神山は深く長い溜息を漏らした。

「ネット上で朝倉とまとの熱烈なファンを公言してる『パピヨン』って人物を知ってるだろう。俺宛にメールが届いた。『響奏太は獅子身中の虫』だとさ」

「うちのパソコンはそいつにクラックされました」

 作曲の際に使用するDAWと関連ソフト以外は動かないという異常な状態にされてしまった。とまとの存在を脅かすな、妙な行動を取るなという警告文の表示と共に。

 神山に気付いたらしい、智子が蒼くなって戻ってきた。

「体調不良のメールは嘘だったのか智子」

 奏太と並んだ彼女を神山が叱る。

「レッスン見てくれるTATSUに悪いとは思わないのか」

「すみません! 今日は、その……」

「俺が引き止めました」

「奏ちゃん! 神山さん違うんです、私のせいなんです」

 かばい合う二人を前に、腕組みをした神山がもう一度深くて長い溜息をついた。

「……お前たち『とまと☆ホール』はまだだったな。中を見せよう。良かったら英介君も来なさい」

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