第2話

 朝倉とまとの誕生は佐倉町商店街に新しい命を吹き込んだ。

 新聞では六年前の秋の『商店街の天使』という記事が初出だったことを奏太は覚えている。小学生の女の子がアイドルごっこで青果店の前を賑わせた、というものだ。

 その数日後、商店街振興組合青年部からオファーを受けた『青果あさくら』の長女朝倉智子は、ローカルアイドル朝倉とまととしてデビューした。ギャラは生家に寸志の言付けだった。

 初めこそ青年部のお遊びと陰口をきく向きもあったが、有志がライブ動画をアップし始めてからは多くの者が考えを改めた。とまと目当ての人々で商店街の来客数が大幅な増加を見せだしたからだ。

『シャッター通りが奇跡の再生』『立役者は八百屋の看板娘』等々、とまとの名はその後も地方紙の一隅を飾った。彼女の躍進と商店街の発展は正比例しており、良好な関係は活動開始から六年目の現在も変わっていない。

「初めはお遊戯会のノリだったのにね」

 夕暮れの帰り道、隣を歩く智子がマイクを持つ振りでおどけて言った。

 外出には欠かせないマスクの上で、涙袋もぷっくり愛らしい、黒目がちで大きな目が優しく細まる。セミロングの髪先に残る緩いウエーブは夏祭りイベントの際のヘアメイクの名残だ。

 だよな、と奏太は半笑いで返した。

「しかもウチの、響ファームの『さくらトマト』PRが目的だった」

「そうそう。私が一生懸命考えた歌詞に、奏ちゃん片っ端から文句つけてさ」

「PRの趣旨から外れがちだったからだろ」

「乙女心の結晶によくも! って思ってたんだから」

「前に『さくらプレス』の記事で読んだよ、奏太に赤を入れられた話。本当だったんだね」

 奏太越しに笑いかける英介に、智子がわざわざマスクを取って頬を膨らませた。

「もうほとんど真っ赤。どこの赤ペン先生かっていうくらい。思い出したらムカついてきた!」

 智子が二人を置いて早歩きになった。ダンスレッスンを休んだ分、体力が余っているらしい。

 今やローカル局とラジオに冠番組を持ち、商店街をはじめS市内のあらゆる行事やイベントに引っ張りだこの朝倉とまと。気の置けない幼馴染がこれほど有名な存在になろうとは、奏太は夢にも思わなかった。

「奏太、もう一度言っとくけど」

 ずんずん先へ行く智子の背中を見つめたまま、英介が冷ややかに釘を刺してきた。

「ネットで商店街へのネガキャンをするなんて愚策だからね。上手く運びようがないし後味も悪い。智子ちゃん、きっと夢なんか追えなくなる」

「でも出来ることをやるしかない」

「これ以上『パピヨン』に狙われるようなことは慎むべきだよ。アイツだけじゃない。奏太のやり方じゃ、どうかすると他の善良なファンたちまで敵に回しかねない」

「関係ない」

「奏太」

「智子にかかる負担は毎年大きくなる一方なんだぞ」

 奏太は語気を強めた。

「商店街は智子に頼り過ぎだ。発展のために智子の自由と将来を犠牲にし続けてる。たとえ褒められない手でも、俺が何とかしてやらないと……」

「ナイト気取りかファームの倅」

 からかう声は後ろから聞こえた。苦手な男の登場に奏太は仕方なく振り向いた。

「神山さん」

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