第10話 美那の想い

1時限目の数学が終わり、その後も平凡な授業が続いた。板書された文字をノートに写し、話を聞く。そんな単調で刺激もないのに4時限目が終わった時の脱力感が半端なかったのは、初日の授業にも関わらず本格的に授業を受けたからだろう。昼休み開始の鐘が鳴るなり、挨拶とともに椅子から立ち上がる音が彼方此方で響いた。私もゆっくり立ち上がると、早速弁当を持って湊人の所へ行こうとした。…が、湊人に視線を移したその時には既に恋咲さんの姿があった。


…どうしよう。


なんとなく話しかけづらくて、私は持ちかけた弁当箱を再び机に置いて湊人から視線を逸らす。諦めて1人で食べようと席に座りかけた時、背後から声がかかった。


「…雪音!一緒に食べない?私もちょうど1人で」


「美那…。他の人と食べなくていいの?」


「うん。少し雪音に聞きたいことがあって」


「私に…?」


私の問いに美那が頷く。そして一呼吸置くと言葉を発した。


「…取り敢えず、教室には人沢山いるから、中庭の木陰にあるベンチで食べよ。さっき窓から見たら人いなかったし」


微笑を浮かべる美那の後ろを私は黙ってついていく。人気が少ない中庭の裏に着くと、私達はベンチに腰を下ろした。心地よい春の風が頬を撫でる。桜の花びらがふわりと頭上を舞った。


「美那、話って…?」


私が尋ねると美那はハッとしたように顔を上げた。美那の前髪を不意に吹いた風が持ち上げる。


「あ、うん。…雪音の過去の話が聞きたいなって。雪音はいつも湊人くんといるけど、湊人くんは雪音にとってどんな存在?」


「どんな存在、か。幼馴染で私が辛い時いつも支えて側にいてくれた大切な存在かな」


「__本当に雪音は湊人くんの事好きだね」


美那は表情を和らげると口元に微笑を浮かべた。幸せそうな、だけど何かに耐えるような複雑な表情をしていた。しばらく沈黙が続くと、美那は私に顔を向けた。


「…あのさ、雪音」


「どうしたの?美那」


「雪音は幼い頃、湊人くん以外に他に仲良い友達とかいた…?」


私は何故そんな事を聞くのか疑問に思いながらも過去を振り返った。だが、湊人以外に仲が良かった友達など1人も思いつかず、ゆっくりとかぶりを振った。私のその仕草を見た美那は何処か寂しそうに目を伏せる。


「そっか…。ごめん、変なこと聞いて。特に意味はないんだけど、幼い頃はどんな友達いたのか気になって」


私から視線を逸らしたままそう告げる美那の声は僅かに震えていた。前髪に隠れていて表情はよく見えない。スイーツ店に行った時と同じような反応をしている美那に私は口を開いた。


「あ、あの…美那。私何か変なこと__」


「大丈夫。ごめん雪音!少し教室に忘れものしちゃったから弁当箱片付けるついでに取りに行ってくるね!すぐ戻ってくる」


立ち上がり、相変わらず視線を私の方には向けずに言う美那。だが、さっきの震え声が嘘だと思うくらいに声色は普段と変わらなかった。

美那の足音が遠ざかっていく。私は不意に地面に視線を落とした。あるものが目に止まる。


「あれ…?」


土がついている長方形の何か。私はそれを拾い上げると軽く土を落とした。


「これって……栞?」


__私、この栞落としたっけ…?


一瞬その考えが頭によぎったが、すぐ消し去った。同じ栞を持っているものの、私は自室の机の上に置いてきたはずだ。私が拾った栞を暫く凝視していると微かな足音が耳に入ってきた。

**********

【美那side】

私は雪音から離れて下駄箱に着くと、息を整えながら靴を履き替えた。力が抜けたように下駄箱へ寄りかかる。


__やっぱり、無理だった。


雪音に過去のことを聞いたら何か思い出してくれそうな気がして過去を聞いたものの、私の名前が雪音の口から出て来ることはなかった。


「やっぱダメなのかな…何してるんだろ、私」


雪音は私のことを覚えていない。それなのに思い出して貰えるように過去の話をしたり、聞いたりしたら雪音を困らせるだけ。それは承知しているのに、思い出して欲しいと思ってしまう。


眩しい思い出と、雪音の笑顔。雪音は私にとって1番大切な友達で、あの時雪音もそう言ってくれたのに。今、雪音の記憶から幼い時の私は消えている。


「…雪音はいつになったら思い出してくれるんだろ」


私は顔を背けて呟いた。雪音に過去の話をしたい。そして自分を思い出して、湊人くんと同じように接して欲しい。前と同じように気を遣わずに冗談を言い合って、笑い合いたい。


心にずっと隠してきた思い。消して言えることないこの思いが溢れそうになった。暫く私が俯いていると、不意に声がかかった。


「おい、美那?何でそんなとこいるんだよ」


私はその声に弾かれたように顔を上げる。


「あれ、湊人くん?何でここに?さっきまで恋先さんといなかったっけ?」


「ああ…美那と雪音が一緒に中庭にいたの三階の廊下の窓から見えたから来てみた。……やっぱ雪音と何かあった?」


「…ううん。これは私の問題だから。でも、私雪音を困らせちゃったかも。あ、そうだ。雪音1人だからさ、雪音のとこ行ってあげて。私ちょっと用があるから!」


私は湊人くんの背中を押すといつもの調子で告げた。今なら恋咲さんもいないから、2人でゆっくり出来ると思ったのだ。


「お、おう…何かいつもの美那だな。ちょっと元気ないように見えたけど。…じゃあ少し雪音のとこ行ってくるな」


そう言って雪音の所に向かう湊人くんの後ろ姿を私は無言で見送ると再び目を伏せた。


…やっぱり私が出来るのはこれくらいか。


でも、それでよかった。雪音は湊人のことは覚えている。雪音の過去の記憶にいない自分が出来ることは影で2人を支えることだけだから。

雪音が笑ってくれるなら、後悔しない。


私は自分に言い聞かせるように内心で小さく呟くと下駄箱を後にした。


____________________

《作者から》

まず一言。

今回長くてすみません!!(;_;)

美那side入れられるかな?と思って入れてみた結果長くなってしまいました。

でも、入れないと逆に短くなってしまうのです…。過去の詳細を書くときは過去編とさせて頂きます笑

見てくださった方ありがとうございます。


あと、お知らせです。

つい最近、恋愛週間ランキングみたらこの小説が3位に入っていました。ありがとうございます。皆様のおかげです!笑

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