第8話 何気ない日常
湊人に家まで送ってもらった私は、軽く夕食を済ませ、就寝支度を整えると部屋の窓を徐に開けた。心地よい夜風が純白のカーテンと私の髪を揺らす。瞼を閉じると先程聞いた波の音がまだ耳に残っていた。
「あの時間が…続けばよかったのに」
小さく呟いた言葉は限りなく本心だった。湊人と海に向かったあの時間は発作を気にしなくてよかった私の唯一の時間だった。表情を和らげると私は月明かりに照らされ金色に輝いて見える夜桜を眺めた。湊人とはしゃいだ過去が脳裏に蘇る。私は元々持病があったわけじゃなかった。小学校入学する前に初めて発作が起きたのだ。止まらない咳。苦しくなる呼吸。手足が
私が入院している間、病室に毎日のように来てくれた湊人は、私にとって大きな存在だった。湊人が居なかったら今の私はいなかったと言っても過言ではない。でも、それは私が入退院を繰り返していた小学生の頃の話。
中学の時は私の病気が重くなり、入院生活を送ることになった。湊人も中学に入ると忙しくなり、会える日がなくなったのだ。3年間の闘病生活を送り、状態が落ち着いた私はようやく退院し、湊人と高校で再会することができた。
……とは言っても、まだ軽い発作が起きるんだけどね。いつ病気が重くなるのかも分からないし。
私は自嘲すると、夜風を浴びて冷えた腕をさすりながら窓を閉めた。微かな風の音は止み、部屋が静寂に包まれる。唯一の音と言えば時計の針が時を刻む音だけだ。
* * *
カーテンの隙間から朝日が楔のように差し込む。私は身体を起こし、カーテンを開ける。遮断されていた光が部屋中に溢れ、テーブルクロスの闇を払った。朝の眩しい光に私は目を細める。制服に着替えリビングに向かうとコーヒーの香ばしい香りがリビングに充満していた。
「雪音、おはよう。今日も顔色いいわね。でも、発作には気をつけるのよ?」
「うん、わかってる。今日から通常授業だから、体調には気をつけるよ」
毎回お馴染みのこの会話。それでも私はこの
「湊人…!」
「お前、朝から元気だな本当。ほら、一緒に学校行くぞ」
「え…いいの?」
「会えなかった時間を埋めるんだろ?お前、言ってたじゃねーか」
「っ!そうだね。今支度するから待ってて」
私は叫びたい気分を抑えながら、急いでリビングに置いてあったカバンを取ると湊人の元へ向かった。
「…ごめん!お待たせ。湊人、昨日夜帰るの遅くなっちゃったよね?買い物帰りだったのに大丈夫だった?」
湊人の横に並んで訊ねる。
「あー…めっちゃ怒られた」
「嘘……」
湊人のその言葉を聞いた瞬間、罪悪感が募った。謝ろうと口を開きかけたその時。
「うん、嘘。お前ほんと騙されやすいな」
普段と変わらない様子で湊人は戯けたように言うと吹き出した。
「…え。嘘?嘘にもほどがあるでしょ!私今ほんと罪悪感でいっぱいだったんだけど」
「悪い悪い。つい面白くて、お前のことからかった」
「まあ…湊人らしいね。あ、そうだ。今日数学の予習して来たのを教科担任の先生に見せるんだよ?やって来た?」
私は湊人の顔を覗き込む。
「まじ?…忘れた。やってない」
「私、やってきたよ!ほら」
私がノートを見せると湊人は立ち止まりしばらく食い入るようにみると呆れたようにため息をついた。
「お前…ほとんど答え間違ってんじゃねーか。てか、なんでこの計算して答えがこうなるんだ!?」
「え、違うの?私、数学出来ないけど今回は自信あったのにな…」
「まあ、やってない俺よりはマシか。後で雪音に計算の仕方教える」
「本当?ありがとう」
私は微笑んで湊人にお礼を言うとノートをバックにしまった。再び湊人と他愛のない会話をしながら、歩き始める。
「___何あれ。意味わかんない」
私達の後ろ姿を睨みながら呟く人物にも気づかずに。
____________________
《作者から》
8話に行きました。久しぶりの更新です!
応援やコメント、ありがとうございます!笑
pvが増えていて嬉しかったです(*´∀`*)
更新、早めにできるようにしたいなと思っています。
これからもよろしくお願いします笑
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