第7話 近づく距離

「…湊人、ありがとう。もう大丈夫。一つ、行きたい場所があるんだけどいい…?」


「お前なぁ…少し具合が良くなったからって調子こいてるとまた具合悪くなるぞ?」


「少しくらいいいじゃん、ケチ湊人」


「っ、お前……まあ、少しなら良いけど。で、お前どこ行きたいんだよ?」


「…すぐ近くだよ。海に行きたい」


「…海?そんなとこ行きたいのか?近くね?」


「…行った事がないから」


幼い頃から写真や病室の窓から海を見るだけだった。一度でいいから行ってみたかったものの、病院生活を送っていた私は医者からの許可はおりず、毎回病室から海を眺めているだけだったのだ。夏は毎年病室の窓を開け放って海風と共に流れ込んでくる潮の香りを感じるだけだった。病室から遠方に見える、海ではしゃいでる幼い子供達。黄色い声。それをただ眺めている私は、何事も自由にできる人に羨望を抱いていた。


「…そっか。そうだよな。雪音ずっと病院生活送ってたもんな。…じゃあ行くか」


湊人は自転車に乗ると、後ろに乗るよう私に告げた。


「お、重いかもよ…?」


「知ってる」


「ひ、ひどくないそれ!?」


「冗談だよ、バーカ」


軽く舌を出すと湊人は悪戯めいた笑みを浮かべた。そんな湊人の仕草を見ただけでもいちいち心臓の鼓動が早くなり、顔に熱が上がってくるのを感じる。火照った頬を隠すように私は軽く視線をそらすと湊人の後ろに乗った。自転車が夜の微風を切って走る。風に抵抗するように私の髪が靡き、頬を掠める。海が近づくたびに潮の香りも濃くなっていく。急勾配の坂を下るとスピードが加速し、私は思わず湊人にしがみ付いた。


「ちょっ、湊人!は、速いよ」


「だろ?」


「だろ?じゃなくて!湊人は前に乗ってるから怖くないんだろうけど…」


「大丈夫だって。ほら、前見てみろよ」


「え…?っ、うわぁ…!綺麗」


視界が切り開かれて青い海が遠方まで広がっている。水面には月光がキラキラと反射していて、微かに揺れていた。波は穏やかで、音を聞くだけで気持ちが安らぐ。自転車を止めて砂浜に行くと私はそっと靴を脱いで足だけ海に浸かった。春だからかまだ水温が低く、冷たく感じる。


「初めて入った…」


波が起こるたび、足が砂浜に埋もれる感覚がする。自分自身は動いていないのに波が引く時、地面と共に自分自身も動いているような錯覚がした。


「…子供みたいだな、お前。もう高校なのに」


「う、うるさいなぁ…。初めて来たんだからそりゃ興奮するよ。あっ、ほら湊人も入ってみなよ」


私はそう言うと力任せに湊人の服の袖を引っ張る。


「うわっ、ちょっ、お前。靴!俺靴履いてるから」


「あ、ごめん。気づかなかった…」


「お前なぁ…まあ、いいか。自転車乗るだけだし。…少し気持ち悪いけど。お前寒いだろ?これ着とけ」


ふわりと湊人の上着が被される。私は袖を通すと湊人を見上げた。


「着ちゃったけどいいの…?湊人の上着なのに」


「具合良くなったばっかだろ?お前。あしたも一応学校あるし、暖かくしとけよ」


「うん…ありがと、湊人」


私が湊人を見上げて微笑みかけながらお礼を言うと、湊人は僅かに顔を赤く染めて視線を逸らした。よく見ると耳まで赤くなっている。


「え、湊人。顔赤いけど、どうしたの…?もしかして具合悪い…?だとしたら上着返す__って、痛っ!」


私が上着を返そうとした時、湊人に軽く頭を叩かれた。


「お前…まじで鈍感。気付くだろ普通。バカ」


「なっ…バカって…。まあ、そうだけど」


「数学ボロボロだもんな」


「こ、国語は出来ます!文系です」


そんな他愛のない会話をしていると、不意に湊人がスマホを取り出し時刻を確認した。


「もうそろそろ8時になるんだな。帰るか」


「え!もう8時になるの…?速いね。湊人といると時間が過ぎるのがあっと言う間だなぁ」


「…お前、それ俺以外には言うなよ。本当に勘違いするから」


「え…うん?わかった」


湊人の言葉の意味がよくわからない私は取り敢えず頷くと湊人の横に並んで歩き始めた。



この時、私はまだ気づかなかった。湊人との距離が近づいていること。そして、これからがきっかけで、湊人との距離が離れていく事になるなんて__



____________________

《作者から》

私が書きたかったシーンかけました!( ´ ▽ ` )

まだ描写など未熟なのですが頑張って書いていきたいと思います!笑笑

何卒よろしくお願いします。できるだけ毎日更新はできるようにしていきたい…と思っています!

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