☆★それぞれの家族、それぞれの形 2


 ★


「おお、すげぇすげぇ」


 俺は回る寿司に心を奪われていた。どれもこれもいい感じに油が光っていて美味そうだ。早速皿に手を伸ばそうとしたら、対面にいた舞ねぇに机の下の足を蹴られた。


「なんだよ」


「まず乾杯」


 仕方ねぇな。俺は渋々手を引っ込めてコーラを片手に大人しくする。舞ねぇはそこでテーブルを見渡し、この会を取り仕切る。


「それでは、私の昇給と、ついでに透の優勝を祝しまして、乾杯!」


「乾杯」「カンパイ」「かんぱ〜い」


 俺たち四人はそれぞれ違う色に染まったグラスを合わせた。


「ところでさ。名目逆じゃね。なんで俺の優勝が、舞ねぇの昇給のついでなの」


「なに言ってんのよ。あたしのお金で奢ってあげるんだから、当然でしょう」


「舞、それは悪いわよ」佳子さんは遠慮がちに言う。「気を使わなくていいのよ」


「そうだ。食事は気持ちに乗るとして、飲み物くらいは払うぞ」


 裕にぃは主張したが、舞ねぇは譲れない思いがあるらしく、それを固辞した。


「いいの、これは私が開いた会だから。みんなどんどん食べて飲んで、ぱあっといきましょう」


「それじゃあ、遠慮なく」


 俺は早速と、ベルトコンベアーで流れてきた金色の皿に手をのばそうとしたら、またしても舞ねぇに脛を蹴られた。


「んだよ」


「あんたは遠慮して食べなさいよね。ただでさえ食い意地が張っているんだから」


「さっき大盤振る舞いって、舞ねぇが言ったんじゃねぇかよ」


「あんたは真性の馬鹿ね。あんたは量を阿呆ほど食べるんだから、三百円以上の皿は禁止よ」


 なんだその制約。アホらしい。


「はぁ、食いづれぇな」


 俺は渋々、二百四十円の皿に手を出す。三百円に次いで高い皿を取ったのは、ちょっとした嫌がらせだ。


「可哀想な透。もうすぐ美味しいものも食えなくなるのになぁ」


 そこで裕にぃが意味ありげにため息をついて、憂いを忍ばせた表情になる。


「ど、どういう意味なのよ。裕にぃ」


「おまえ、佳子さんから透のこと、聞いてないのか」裕にぃはさも驚いたように佳子さんを見る。かなり演技が入っている。「透が高校卒業したら、この街を出て働くってこと」


「え、そうなの」


 舞ねぇがまえのめりになりながら佳子さんに詰め寄る。あまりにおおきく身を乗りださせ過ぎて、お茶に手が当たって零れかけたのを、俺がなんとかつかんでやり過ごした。


「ごめんなさい。ショックを受けると思って。言えないままこの日が来ちゃって」


「そ、そうなんだ」


 舞ねぇがしゅんとしおらしくなる。どうやら俺がいなくなることが、なんだかんだで悲しんでいるらしい。普段はずっと醜い言い争いをしているが、やっぱり家族だもんな。


「舞も透くんみたいに、家を出てみようという気持ちはないのかしら」


 佳子さんが、そういう道もありなんじゃないというニュアンスを含みながら口にした。しかし舞ねぇはごくあっさりとそれを否定した。


「嫌よ。私は出ていかない」


「どうして」


「だって」舞ねぇはこともなげに言った。「私、佳子さんと暮らすの好きだもん。ちゃんと叱ってくれて、頼りになる、もう一人のお母さんだしね」


「ありがとう、舞」佳子さんは救われた笑顔になる。


 俺はでっかい寿司ネタを醤油につけながら、きれいに一本を取られたと笑っていた。これは真似できない。


 こういうところが女はすげぇ。いつのまにか俺の知らないところで根っこをのばし、力強く生きてやがる。男って多分、こんなに強くは生きれねぇよな。


 しみじみとしていたら、さっき俺が取ろうとした金の皿が一周して帰ってきた。通り過ぎるだけだと諦めていたら、舞ねぇがそれを取って俺のまえにコトンと置いた。そしてメニューまでも差し出してくれる。


「食べなさい」


「え、いいの」


「さっきのはなし。高いお皿だけ頼みなさい。お姉様のカフェで貯め込んだ財力、見せてあげるわ」


 そう言って舞ねぇは、三百円以上のお皿を食べるのを解禁してくれた。どうやらさっきの裕にぃの話が効いたようだ。俺は裕にぃに感謝の笑顔を向ける。


 裕にぃは素知らぬ顔でビールを飲んでいたが、その途中で短くウインクしてくれた。

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