☆★それぞれの家族、それぞれの形 1


 ☆


 いいお肉によるほんのり甘い煙に、僕のお腹の虫さんはグルグルと運動会みたいに騒いでいる。まだかなぁ、まだかなぁとトングでお肉を突つく。


 今日は誕生日でもないのに、焼き肉を食べに出かけていた。お父さんがパチンコで今世紀最大の大勝ちをしたらしく、それをみんなで分かち合おうということらしい。


「ねえ、もういいかな」


「駄目よ。お肉はちゃんと焼かないと危ないのよ」


 お母さんはトングで特上牛カルビをひっくり返しながら、もうすこし待ちなさいとたしなめてきた。


 お父さんは金色のビールを意気揚々いきようようと飲み干し、満足げに口元の泡におしぼりを当てている。


 理沙は僕の横でお気に入りのパインジュースをストローで飲んでいる。


「だけどお父さん、こんなに奮発して大丈夫なの」


「ああ、週七回焼き肉でもいい。俺の懐にはあまりある巨万の富が蓄えられているからな」


 お父さんは得意げに手首を捻る。パチンコでレバーを引く仕草みたいだ。お母さんは呆れてものも言えない。


「でもさすがに週七回は飽きちゃうなぁ」


「途中でお寿司をはさみたいね」理沙が提案する。


「それもいいな」


「『それもいいな』じゃありません。どれだけエンゲル係数をあげるつもりですか。賭けごとで手に入れた端金です、すぐに出ていくに決まっています。まったく、こんなことに使わずに家のローンに」


「まあまあ母さん。ぐちぐち言うのはそれくらいで」


 お父さんがお母さんの怒りを逸らすべく、僕の話を始める。


「それはそうと颯太、理沙から面白い話を聞いたんだが」


「え、なに」


「へぇ。このお店、学生割引もあるんだ」


 理沙はわざとらしくと立て掛けられていたメニューを手に取り、まともにとり合わない。


「おまえ、医学部に行きたいんだろう」


「うそ。お母さん、初耳ですよ」


 お母さんはお肉を確認するトングの手を止め、眼をかっと見開いている。僕は眼を逸らし、ピンクから茶色に色を変えていく特製カルビをじっと見つめる。


「う、うん」


「今からお勉強を頑張るんだよね、颯太」


 理沙がここで加勢に加わる 僕は二人の反応が怖くて、すこし理沙に体を寄せた。


「少年よ、大志を抱き過ぎじゃないのか」父さんは顎髭をいじくる。


「でも、今の颯太じゃ」母さんは歯切れが悪い。


 だけど理沙だけはいつだって、僕の味方だ。


「お父さん、颯太は本気なんだから茶化さないで。私ね、ネットで調べてみたんだけど、颯太よりもっと成績の悪い人でも医学部に入ったことがあるって。だから大丈夫。私も颯太のお勉強を手伝うから」


 理沙は必死に両親を説得してくれる。そんな理沙に感謝しながら、僕は決意のほどをたどたどしく伝える。


「なかなか信じてもらえないのも分かるよ。、今までの僕の成績じゃ、夢物語だってことも。急に信じてよって言う方が難しいかもしれない。でもね」


 そこでちらっと横を伺う。そこには僕に頑張れと、膝に手を置いてくれている愛すべき妹がいた。僕は勇気をふりしぼる。


「きっと結果を出してみせる。この一年で決めてみせるよ。僕はおばあちゃんに誓ったんだ。強くなるって。それを果たしたいんだ」


 両親は困ったように顔を見合わせ、思い思いの言葉をくれた。


「そうか。ならやってみなさい」「無理しなくていいのよ。颯太は颯太だから」


 やっぱりまだ半信半疑だ。だけど応援してくれている。


 理沙が僕の膝を離した。机の下に視線をやると、ちいさく拍手する理沙の手があった。僕たちは見つめあい、そして笑顔を交わらせる。


 こうやって一歩ずつ、一緒に大人になっていこうね。


 僕はお礼として、理沙のお皿に焼けた特性カルビを入れてあげたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る