☆★約束の彼方に 13


 ☆


 僕と理沙は最後のピリオドに行くまでの休憩時間に、観客席を出たところのベンチで話しをしていた。僕は試合の興奮で鳥肌が立ちっぱなしだった。


「すごいね、とおるくん」


「あんな透、初めて見たよ」


 あまりにすごいものを見た。コートにいる透って、あんなにしなやかに動くんだ。


「ねぇ、颯太」理沙は伏し目がちで尋ねる。


「なに」


「手をつないでもいいかな」


「いいけど、どうしたの」僕は驚いた。「なにかあったの」


「ううん、なんとなく」


 顎を引いた理沙は恥ずかしそうに笑った。僕たちはお墓参りをした夜みたいに、自然に手を重ねてみた。高校生になった理沙の手は小学生のころとはちがう。繊細な手だ。


「なんだかこうしていると、共感覚があったころみたいだね」


「共感覚。とても不思議な能力だったわね」


「理沙はどう思っていたの、共感覚のこと」


「私は」


 理沙は髪をかきあげた。ずいぶんと髪が伸びて、お化粧もして、女の子らしくなった。もう僕と間違えられることはないだろうな。


「私は怖かったんだ。私の気持ち、颯太に筒抜けだと思うと」


「そんなふうに思っていたんだ、知らなかったな」


 理沙がそんなふうに考えていたなんて初めて知った。僕はきっと共感覚に甘えて夢を見ていた。共感覚があれば、おたがいのすべてを理解していられるって勘違いしていたんだ。


「ねぇ、颯太。怒らないで聞いてくれる」


 理沙が通り過ぎる人たちに眼を配りながら、決意を固めた顔になる。なにか大切なことを言うみたい。


「うん、怒らない」


 深呼吸して、理沙はこう言った。 


「私、とおるくんのことが好きなの」


 なんだ、そんなことか。拍子抜けして背中を丸める。


「うん、知っていたよ」


「……やっぱりか」


 ちょっとばつが悪そうな理沙。それで怒るわけないんどなぁ。


「でも気づいたのは、共感覚がなくなってからだ」


「そうなんだ。共感覚があったはずなのに、不思議だね」


「うん、不思議だ」


 僕は理沙の手に力を込めた。やっぱりもう、理沙の気持ちは僕の胸に込みあげてはこない。


 さようなら、共感覚。


 理沙は僕の隣で、足をきれいにそろえて組み替えた。


「でもさ、颯太って亜弥が好きなんだよね」


「う」


 僕は変なふうに息を飲み込んでむせる。理沙が優しく背中を擦ってくれる。


「私ね、不思議だったんだ。おばあちゃんが亡くなったあと、共感覚は薄らいでいくばっかりだったでしょう。てっきりあのまま消えてしまうと思っていたのに、中学二年生でとおるくんに出会ってから、共感覚はずっとその感覚の強さを維持し続けた」


 なんの話だろうと思いながら、僕は耳を傾ける。


「思ったの。私たちの共感覚はもしかしたら、とおるくんが支えてくれたんじゃないかなって」


「というと」


「とおるくんのことを思う颯太の友情と、私の恋愛感情が不思議に混ざり合って、共感覚は維持されていたんじゃないかってこと」


「なるほどね」


 僕はこくりと頷く。


 なんだかロマンチックで、女の子らしい考えだ。でもすごくいい答えだ。それでたぶん正解だろうな。本当にそうであるよりも、それでいいと思えることがきっと重要なんだ。


 だからこれが、僕たちの導きだした正解なんだ。


「でもね、きっと私たちはあまりにたがいに影響を与え過ぎていたから、神様がそれを奪ったの。私の恋愛感情が颯太に流れこんだら大変だもの。颯太にとおるくん、取られちゃう」


 僕は思わず吹き出す。僕と透が恋愛感情だって。


「なに言ってんの、理沙」


 面白い冗談だなと思う僕とは違って、理沙はいたって真剣な顔だ。


「私は本気で心配したんだから。できるだけとおるくんに話し掛けないようにして、ドキドキしないようにしていたの」


 やっぱり知らなかった。理沙がそんな努力をしていたなんて。


「そうだったのか」


「それなのに颯太、亜弥にはデレデレなんだもん。こっちが亜弥を見ていて恥ずかしくなるよ」


「すいません」平謝りするしかなかった。「デレデレしていたつもりはないんです」


「おい、お前ら。ここにいたのか」


 そこで僕たちを探していたらしい冷が、談笑している僕たちを見つけた。僕たちが手を繋いでいるのを見て、ぎょっとする。


「おまえら、なに手とかつないじゃってんの」


 僕と理沙は、おたがいの顔を見合わせて意地悪く微笑む。


「僕たちは特別な双子だから」「私たちは特別な双子だから」


 冷は「ああ、そうなの」と煮え切らない返事だ。それがおかしくて僕と理沙は二人で吹き出した。


 共感覚があったころより、僕たち双子は分かりあえている。


 その矛盾を、その不思議を、僕は隣にいる理沙と共有していたんだ。

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