★☆約束の彼方に 4


 ★


「いいか、ついにこのときが来た」


 吉本先輩の声は落ちついていた。俺たちバスケ部はチーム全員で、ロッカールームで特大の円陣を組む。


 十分間の試合前の練習で、適度に温められたおたがいの体からは、大きな緊張と期待がごちゃ混ぜになって伝わってくる。吉本先輩が大きく息を吸い込む。


「最後の最後まで気を抜くな。攻めて、攻めて、攻め尽くすぞ」


「おおお」


 部員全員の声が大きなうねりとなって、ロッカールームを暴れまわり、最後の大勝負へ俺たちを導く。はち切れそうな鼓動に合わせて軽くジャンプしながら、自分の体の具合を確認する。


 ふくらはぎは張っているが想定の内だ。手の指先のテーピングはばっちりで、足の親指のマメは絆創膏とテーピングでがっちりガードしている。ユニフォームもバッシュも、十分間の練習でいい感じになじんでいる。昼食もしっかり食べた。体調は万全だ。


 ただなんとなく、胸にかすかに感じる違和感がある。それは気にしなければべつにそれまでだが、なにかがいつもと違っている。


「頑張ってこいよ、透」


 そんな俺の悩みの雲を吹き飛ばすように、誠が俺の肩を揉みほぐしてくれる。


「おお、まかせとけ」


 誠の後ろから緊張面の剣持先輩が近づいてきて、いきなり俺の背中を思いっきり張りやがった。ロッカールームの外でも聞こえるくらいの、本気のやつだ。


「お前に任せる!頼んだぞ」


 痛すぎてしばらく海老反りしていたが、これも洗礼だと割り切った。


「はい、暴れてきます」


「よし、行ってこい」


 木室先輩の送り出しのあと、吉本先輩がロッカールームを一番に飛び出す。そのうしろに渕上先輩と椎葉先輩。そして長友先輩に続いて、最後に俺。


 目映いばかりにコートを照らす照明と、熱気を帯びた会場の視線が選手の俺たちを捉えた。声援と拍手が四方から取り囲む。


 血がライトの熱で沸騰し、声援で体の隅々まで痺れながら、この景色をずっと待ち焦がれていたことを実感する。ずっと憧れていた夢の舞台。体の細胞という細胞がうずいて仕方ない。


 俺は気持ちを落ち着けるべく、観客に知り合いを探してみる。会場のまんなかに裕にぃと舞ねぇ、それに“あいつ”がいるのが、真っ先に眼に飛び込んできた。三人とも顔面蒼白で、今すぐ卒倒しそうだ。試合をする俺よりも緊張していやがる。


 その場所よりずっと視界の隅で、なにかがちらついた。今度はそっちに意識を向ける。


 そこには今まで一度も言われたことはない異名『スピードスター、石川 透』とデカデカと書かれた旗を振っている馬鹿がいた。冷だ。


 その横に亜弥とハカセがいた。亜弥はなにかを叫んでいる。ハカセは仏頂面で、なんでここにいるんだろうって面だ。皆にせがまれて断りきれなかったのがありありだ。


 そしてその隣に理沙がいた。理沙は白い両手を祈るように重ねて、眼を閉じている。


 理沙たち、やっぱり来てくれたか。


 熱い闘志が燃えあがる。けれど不完全燃焼だ。そこで無意識にだれかを探している自分に気づく。俺は太股を叩いて自分自身を戒める。あいつは来ねぇんだよ。期待するだけ無駄だ。


「透ー、どうしたのー、緊張しているのぉー」長友先輩が声をかけてきた。「僕もねー、妹が見に来ていてー、緊張してるからぁー、すごく分かるよー。一緒に、頑張ろうねぇー」


 緊張を微塵も感じない声で励ましてくれる。この人は本番でもこんな調子だ。


「すいません、ちょっとよそ見していました。試合に集中します」


 俺は目線をコートに戻し、ミサンガをコートのライトに照らす。ミサンガが五色にきらきらと輝く。俺はミサンガごと手首をつかんで、最後の気合いを注入する。


 やってやる。そう、覚悟を決めた。

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