★決勝へのご招待
舞ねぇがリビングで、俺のユニフォームにアイロンを掛ける。俺はそれをちゃぶ台の前で、片膝を立てて眺めていた。シューッと唸るアイロンがユニフォームの皺を伸ばしていく。
アイロンを巧みに操る舞ねぇに、一度も見たこともないはずの母さんの姿を重ねていた。無責任極まりない話だが。
「透、あんたってすごい奴なのかもね」
「いやいや、そうでもないですって」
まんざらでもなかったので、恥ずかしまぎれに頬を掻いた。最近自分でも、俺ってすげぇ奴なんじゃねえかって思う。出る試合ごとに20点を超える得点を叩き出し、先輩からの信頼も自分で勝ち取っている。
吉本先輩にも、今日の準決勝の鍵は俺だと期待されている。これは大活躍の予感だ。
「決勝戦、楽しみにしているよ」
アイロンでホカホカになったユニフォームを、舞ねぇは大事そうに畳む。口では馬鹿とか死ねとか言うものの、今でもこうやってしっかり世話してくれる。
「気が早いって、今日の準決勝で勝たないといけないんだから」
「え、そうだったの。でも透、あんた負けるはずないって顔してるわよ」
「やっべ。ばれちまってたか」
気持ちが知らず知らずのうちに表出していたみたいだ。俺は自分の顔を両手で挟むようにして2回ほど叩いた。余裕があるのはいいことだが、油断はいけない。そろそろ試合モードに切り替えなくては。
「必ず、決勝に舞ねぇを招待してやるよ」
頑張るための秘訣。
それは身近な大切な奴に、ちょっと高めの目標を伝えて、自分にハッパを掛けることだ。そうやって自分自身の誓いに他人の期待を上乗せするのが、一番頑張れるコツだ。
「うん、分かった。でも怪我だけには気をつけてね。頑張って」
舞ねぇが畳んだ服に念を込めるようにポンポンしたと同時に、ちゃぶ台で静かにしていた俺の携帯がブルブル震えだした。急いで携帯を確認する。連絡は裕にぃからで、俺のアパートまえに着いたとのことだった。
俺はユニフォームを受け取ってエナメルバックに詰める。これで準備万端。後は試合に勝つだけだ。
「じゃ、勝ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
俺は踵の潰れたスニーカーを履いて、305号室を飛び出す。今日の天気は昨日と打って変わって快晴。体も軽く、気持ちも充実。負ける気は微塵もしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます