★大会予選と夏の大三角形

 ついについに、夏の全国予選大会が開幕した。


 大会予選一日目の今日、俺たちの学校は破竹の勢いで快勝していく。予選は四校の総当たりで二位までが決勝トーナメントに進める。去年の準優勝だったうちは、比較的楽な場所に入れられたこともあり、苦戦はしなかった。


 まあ、渕上先輩の馬鹿高い身長から繰り出されるダンクや、長友先輩の恐ろしく精度のいいスリーポイントを考えたら、相手に同情したくなるくらいだ。


 試合が終わっても冷めぬ興奮そのままに、俺と誠は会場から家へと続く川沿いの小道を帰っていく。その小道は小高くなっていて見渡しがよく、対岸のたくさんの町灯りが俺たちの勝利を祝ってくれていた。


 こちらの岸は街灯がすくなく、星空を見上げるカップルが多いことで有名だった。実際、そこらへんの暗がりで、みっともなくいちゃこらしている奴らがうようよいる。だけど今日は一切気にならない。今日の俺たちは寛大なんだ。


「いい調子だな、俺たち」


 誠は応援ですっかり声が枯れ果てて、オネェみたいな声になっていた。


「透も調子良さそうだし、盤石な体勢ですかね」


「試合になると力が漲(みなぎ)ってくるんだよな。このままいけば、俺たちがぶっちぎりの優勝だ」


「優勝、おめでとうございます」


「どうもどうも、ありがとうございます」


 俺たちは優勝旗を受けとる真似をしたあとで、今日の良かった点、悪かった点を振り返っていく。もし次の試合で似たような状況があったとして、どう動くべきなのかを、実際に体を交えながら検証するためだ。そうすると体の熱はさらに上昇していく。


 どこまでも続きそうな星空の下を、俺と誠は渡っていく。高いビルや常夜灯のない土手から見上げる夜空は、普段よりも遠くにあって別の空のよう。空には雲一つなく、光っている星たちも自分の輝きを見ろと主張してい

る。


「すっげぇ星空。吸い込まれそう」


 反省会も終わって夜空を仰いだ誠が、ひゅうっと口笛を吹いた。口笛は夜空に拡散して消えていく。その輝きは俺の眼にも眩しかった。


「やっべえ、キレイだな。なんかテンションあがってきた」


 俺は試合で火照ったままのふくらはぎで小道を駆け出した。そうして体に身を任せていると、自分自身があの夜空を駆ける流れ星になったみたいに、暗闇を切り裂いていく錯覚に襲われる。パッと一瞬だけ青白く輝く、強い煌めき。俺はそんなふうでありたい。ただ呼吸しているだけで生きているとは、思いたくない。


「透、待てよ」


 誠という、貧弱な流れ星が追いかけてくる。勝利を分かち合い、たまには厳しいことを罵り合っても、なんだかんだ一緒にいるるダチ。なんだか今日はそういう、俺に関わるすべてに感謝したい。


「いきなり走んなよな」貧弱は息を切らしていた。


「お前が追って来てくれるのが分かるから、わざと早く走ったんだよ」


「なんだよ、新手のプロポーズかよ」誠は膝に両手を添えて息を整えようとする。「透ってどエスだな」


「ああそうだ。知らなかったのか」


「覚えておきまーす」誠は息を切らしたまま小道の横にやっとこさ歩いていき、そのままゴロンと草むらに横になった。「おお、なかなかすっげぇぞ」


 俺も誠の真似をして寝っころがってみる。横になって見る星空はこれまた格別で、キレイを通り越してそら怖しい。自然ってたまに怖ぇ。人間にときたま厳しいし。


「なあ、透。あれってなんだか知っているか」


 風に揺れる草の音って、こんなんだったんだな。無駄にセンチになっていたら、誠の手が急に俺の視界に、にゅっと飛びだしてきた。そして一際強い光を放つ星三つを順番に指差していく。その手のゆるやかな動きが、星空の群れに三角形を浮かびあがらせる。それがそのまま答えになる。


「夏の大三角形か」


「正解だ」


 誠の手が俺の視界から消えて、俺はまた一人になる。横から聞こえる浅い笑い声と熱気。それが、俺は一人じゃないことを証明してくれる。


「じゃあさ、夏の大三角形を構成するベガとアルタイルが、織り姫と彦星だってことは知っていたか」


「そうなん。知らなかったな」


 俺は素直に認めた。そう思って見上げてみると、ふと思うことがあった。


「なあ、織り姫の彦星なのに、三角形を作っていていいのか」


「俺も昔、そう思ってたよ」誠は短く笑った。「でも恋愛って三角関係のほうが盛りあがるからいいんじゃねぇ」


「七夕の主役たちだから、もうすこし純愛な星たちかと思っていたぜ。ってあれ。なんか三角関係って、だれかとも話したような」


 俺はなんだか釈然としないまま、夏の大三角形を見上げている。


 やはりあの大三角形を構成するのはもっとこう、純情な関係であってほしいものだ。そんなことを考えたら颯太と理沙の顔が浮かんだ。いつだって俺の世界にはあいつらがいるんだな、と我ながら笑けてくる。


「なあ、誠。夏の大三角形の残りの星の名前なんなの」


「デネブだ」即答だ。星の名前に詳しいって、意外にこいつ、ロマンチストなのか。


 俺はそれらの星に、自分とあいつらの関係を当てはめてみる。ベガとアルタイルが織り姫と彦星なら、ベガは自然と理沙になるな。


 残るは俺か颯太のどちらがアルタイルで、どちらかがデネブかという問題だ。そう考えて、意地っ張りになる。颯太がアルタイルの方が色々と合っているが、アルタイルだけは譲れない。たとえ相手が颯太でも、だ。


 結局、俺の三角形もいびつな三角関係だ。あ、そうだ。裕にぃと話しをしたんだ。裕にぃの言った通りじゃねぇか。


 だけどまあ、純粋でいたいと思ってしまう時点で、純粋からは遠い場所にいるんだろうな。


「透、お前にやけてないか」


「気のせいだ」俺は断言する。


「気のせいか」誠はそれ以上追求しなかった。


 俺たちは草いきれに包まれながら、思い思いに星を眺めていた。思い思いの形のままで。

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