☆神様の国

 みんなでトランプを遊んだ日から、僕の心に理沙の感情が流れてこなくなってしまった。理沙から僕に向けての共感覚は、完全に消失してしまったようだ。僕のこれまでの世界がガラガラと崩れていく。


「理沙は僕の感覚、まだ分かるかい」


「うん。颯太がすごく悲しんでいる」


 理沙は僕の分まで、悲しそうに顔をゆがめた。僕の部屋にはずっと重い沈黙が横たわっている。共感覚が消失した理由が、僕たちにはまったく分からなかった。それもそうだ。だってそもそも、こんな能力を持っていた理由が分からないんだから。


 神様って残酷だ。最初から奪うつもりなら、共感覚なんてほしくなかったのに。


 でこぼこと続いていく道のうえで頼る人がいなくなった僕は、先が見えない暗闇のなかを明かりもつけずに手探りで進んでいく。そういう未来しか思い描けない。


「すごく不安なんだ。理沙の気持ちが見えない、それだけのはずなのに。理沙が別人で、違う世界の住人みたい」


「ううん、私は私だよ。なにも変わっていない」


「近いうちに、理沙も僕の心を感じとる共感覚を、失ってしまうのかな」


 理沙はその言葉にはなにも返事をくれなかったけど、代わりの言葉をくれた。


「もしかしたら。私たちはやっと、一人の人間になるのかもね」


「……どういうこと」


 理沙は僕の部屋の窓から神様を仰ぐ。その横顔の白さに僕はぞっとする。理沙。その眼に映る景色は、どんなふうに見えているの。


「私たちは今まで、共感覚を通じて無条件につながってきた。でもそれは正しくなかったのかもしれない。私たちはそろそろ、この世界に一人で立ち向かわないといけないのかもね」


「正しくなかったなんて、そんなことはない。だって僕たちは、ここまでずっと、そうやって生きてきたじゃん」


「颯太」


 共感覚が消えてなくなる。そんなの認めたくない。だけど僕は知っている。理沙の言葉を認めたくないとき、それはいつも理沙の言うとおりになる。


「僕は、さみしいな」


 僕の体に宿る寂しさがエイリアンみたいになって、僕のお腹を食い破って出てきそうだった。もしそうなってくれるのなら、それでもよかった。一人でこんな不安な世界を渡っていくなんて、僕には耐えられない。


「もしかしたら」理沙は僕の知らない表情で語る。「最初の人間として神様の国を出なくちゃいけなかった、アダムとイブも、私たちみたいに不安だったのかな」


 僕は理沙の感覚を自分の胸のなかに探すのをやめた。その言葉が決定的だった。きっと理沙は、神様の国を出ていきたいと思っているんだ。


 そして実際に出ていこうとする後ろ姿が、僕には、はっきりと見えてしまっていた。

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