★不思議な双子
思っていたより早く、俺の恋のキューピット大作戦は上手くいきそうだ。五限の中休み、颯太と亜弥が二人っきりで話をするのを遠くの席から窺いながら、してやったりと俺はほくそ笑んだ。
俺が曖昧な対応をとれば、亜弥が遅かれ早かれ、颯太に相談するのは分かっていた。亜弥は俺と颯太が仲良しなのを知っているからだ。
そうなればこっちのものだ。
そもそも亜弥は理沙と仲が良い。その双子の片割れの颯太と話が合わないわけがない。それに颯太が亜弥にお熱をあげているのを、俺は見逃していなかった。自分で自分を胴上げしてやりてぇ。
俺は亜弥を振っておきながら、さりげなく颯太と亜弥をくっつけようとしていた。
亜弥に対する申し訳なさと、この作戦が上手くいくのかという不安。それらに自分が耐えられなくて、しばらくは亜弥と上手く話せなかった。だけど最近では以前みたいに自然と笑い合えるまでになった。
二人の関係は着実に急接近していた。
亜弥は颯太の横で頬を赤らめながら、楽しそうに相づちを打っている。まんざらでもない。亜弥は颯太の恐るべき優しさに気づいたようだ。颯太は俺からの助太刀のキューピッドの矢があったとは知らず、デレデレと鼻の
下を伸ばしている。
それはいい。だがほかに心配事が増えていた。
俺はそこで観察を止め、教室の片隅にいる理沙を見つめる。二人を複雑そうな表情で見守っている。その顔はなんだか不安というか、焦りというか、なにかに怯えていた。
最近、理沙がおかしい。それはきっと、俺が前々から感じていた違和感と恐らく関係がある。
昨日の放課後に冷と話したこと。それがおそらく鍵だ。
☆
「なあ、颯太と理沙ってなんか変じゃねぇ」
「なにが」
グランドに直行しようとする冷を捕まえて、ちょっと面かせよと、俺は教室の隅でコソコソ話を始めた。
今まで俺の頭の中に埋もれていた、颯太と理沙にまつわるちょっとした違和感。それがプール掃除の光景ではっきりした。一人では確信が持てなかったので、だれかに聞いて欲しかった。
「ほら、プール掃除で俺が理沙に水を掛けただろう。あのとき、すげぇ違和感があったんだ」
「なんだよ、早くしてくれよ」
やっと部活に行けると思った矢先に俺に足止めされ、冷は明らかにイライラしていた。だが俺は構わず続ける。
「クラスの奴らは水を掛けられて倒れた理沙に眼がいったんだろうが、俺は最初の目標だった颯太しか見てなかった。そしたら理沙が水を掛けられて倒れた瞬間、なぜか颯太も水が掛かったようなリアクションをしたんだ。まるで颯太自身に水が掛かったみたいな」
「見間違いじゃねぇの」
「絶対にちげぇ。そのあとの騒ぎですっかりうやむやになっていたが、あれはなんかあるぜ」
一度そのことが気になりだすと、色々な記憶が勝手に沸いてきた。
「ほかにもさ、中学三年のとき、教室に遊びにきた颯太をくすぐり続けたときがあったんだ。『やめろよ、透』って笑い転げる颯太を、俺は面白がってくすぐり続けた」
「なあ、この話ってまだ続くのか」冷は教室の時計をなんどもなんども忙しなくチェックする。
「いいから聞けって」俺は意地になって続ける。
「そのとき、教室の向かいにいた理沙がくすぐったそうに身を捩(よじ)りながら『とおるくん、やめてあげて』と止めにきた。俺はてっきり、自分がくすぐられているのを想像して身悶えているのかなって気にも止めなかった。でもあんときの理沙、かなり不自然だった」
「なんでそう言い切れんだよ」
「いや、その身悶えかたが普通じゃないんだよ。なんか俺が理沙をくすぐっているみたいでさぁ」
「考え過ぎなんだよ、お前は」
これ以上は勘弁と冷が立ち上がるので、俺は冷の手首をつかんで逃がさない。
「あとちょい。あと一個だけ聞いてくれ」
「んだよ、どうしたんだよ」
思いっきり舌打ちしたが、嫌々ながらも座ってくれた。俺は今までより早口で喋っていく。
「ほかにも理沙が家庭科の実習で指を包丁で切ったのもあった。ほら、去年の春だよ」
「覚えてねぇな」
「そっか、なら説明するな。俺と颯太は家庭科の班が一緒になって、ジャガイモの皮の速剥きを競っていたんだ。ピーラーで野菜の皮を剥くのって楽しいのな。皮がベロって剥けて」
「そんな話いらねぇから、早くしてくれ」冷はイライラを隠そうとはしない。
「分かったよ。それでな、『痛っ』って声がした訳よ。俺はてっきり颯太がピーラーで怪我をしたのかと思って手を止めた。颯太は左手の人差し指の辺りを押さえて顔を歪めていた。『大丈夫か』って心配して声を掛けたんだ。でも颯太の押さえる指はなにもなってなかった。その手はきれいで傷一つなかった」
「そうなのか」
冷は初めて俺の話に興味を持った。俄然(がぜん)、話す俺もテンションが上がる。
「そうなんだよ。それで颯太が『あれ、おかしいな』って首を傾げたとき、『先生、理沙さんが包丁で怪我しました』って、俺の後ろの女子が叫んだんだよ。それでそっらに眼をやると理沙が『大丈夫よ、このくらい』って指を口に含んでいたんだ」
「ああ、なんかちょっと思い出したかも。理沙がざっくり指を切ったやつか」
「それだよ、それ」俺は意味もなく冷を指差しながら叫んだ。「それでさ、驚いたんだ。理沙の銜(くわ)えている指が左手の人差し指だったんだ」
「えっ、どういうことだよ」
「まさに俺も同じことを思ったよ。だって颯太はそのとき、理沙が怪我をしたって知らなかったはずなんだぜ。なんたって真後ろにいたんだから。それなのに理沙と同じところを痛がってんの」
「なんだよ、それ」冷は顔をしかめる。
「なあ、訳分んねぇだろ。俺はそんでもって颯太と理沙を交互に見た訳よ。そしたらさ、颯太は『いや、理沙が指を切ったのがなんとなく分かったんだ』なんて言うんだよ。そんな訳ねぇだろうってな」
俺はそこまで一気に話し終えると、今までの事件から導きだされる、ある仮説をぶちまけることにした。
「冷、あいつらはただの双子じゃねぇんだよ」
「知っているよ、あいつらが珍しい双子ってことぐらい」
「違うんだ、そういう意味じゃなくて」
「どういう意味なんだ」
俺は一呼吸置き、そして一気に言い放つ。
「あいつらは、エスパーなんだ」
冷は俺の仮説を聞いた途端、急に押し黙った。俺たちのはるか遠くの席にいた奴らの笑い声が届いた。冷は捨てられた子犬を見るように、俺を哀れんだ。頭がイカレた可哀想な奴、と言い換えてもいい。
「そうだな。俺にとっては透もエスパーだけどな」
「いや、冗談じゃなくて」
「お前って本当に面白い奴だ。生涯のマブダチだ。じゃあな」
そうして冷は席を立った。もう二度と話してくれるなと捨て台詞を吐き、ドカドカ怒りの足音を鳴らしながら教室を出ていった。
☆
だが俺は確信している。
冷は全然相手にしなかったが、すくなくとも理沙はエスパーで間違いない。だってあいつは俺に直接、そう言ってきたんだ。まあ仮にそれが外れているとしても、これだけは自信がある。
理沙は颯太になにかを隠している。
たまに見せる硬い表情とか、浮かない視線とか、今も見せる思い詰めた表情とかがそれを物語っている。俺がそう思うんだから、間違いない。
理沙は色々変わった。
中学のときの理沙は今より活発で、いつも気持ちよく笑っていた。俺はその笑顔をもっと見たくて、馬鹿みたいに理沙の前で冗談を繰り返した。それがずっと続くと思っていた。でも高校生になって理沙は色々な意味で大人になった。
俺に話しかけてくれる回数はずっと減って、笑うときもあまり大きなリアクションをしなくなった。そういう時期なんだって割り切って、俺は自分を慰めた。
男子と女子で線を引かなくてはいけない時期、って奴だ。
でも俺はその線を超えてでも、理沙の笑顔を見たかった。誰にも奪われたくねぇって、ずっと思ってきた。
俺は気づいたら理沙の席に近づいていた。悩んでいる理沙を放っておけなかった。理沙を悲しませる不安なんざ、俺が晴らしてやる。
「理沙」改めて呼ぶと、いい名前だ。
理沙の肩がビクッと跳ねる。その驚きの瞳と鉢合わせし、気まずくなる。その栗色の瞳に見つめられとなんだか恥ずかしく、怖くなった。人の眼はいつだって俺を怖がらせる。
「とおるくんか。びっくりしちゃった」
どちらかというと、自分自身を落ち着けるために言葉にした感じだ。俺は颯太たちを見遣る。
「いやさ。なんだか理沙が、颯太たちを羨ましそうに見ていたから」
「気づいていたんだ」
「長い付き合いだからさ」
理沙はクスッと笑った。形のいい口角が上へ持ちあがる。
「なんだか、颯太が遠くにいっちゃうなぁって、さみしく思っていたの」
「亜弥に颯太を取られる感じなのか」
「そうね、そういう感じかも」
そういう感じ以外の感じを是非とも聞きたかったが、止めておいた。
「理沙は、好きな人とかいねぇのかよ」
出来るだけ、颯太があんな感じだから適当に聞いてみた、という感じが出るように努める。理沙は表情を変えないまま「いるよ」と、給食の献立を答えるように軽やかに答えた。初耳だった。
「え、だれなんだよ」
理沙にばれるんじゃねぇかってくらいに心臓が暴れているのに、俺は冷静を装ってわざとらしく頭を掻いた。
マジかよ、マジかよ、マジかよ。好きな奴、いるのかよ。
「とおるくんは。とおるくんが教えてくれたら、わたしも教えてあげる」
理沙は鮮やかに、これまたなんでもないことのように俺へと質問を返してきた。尋ねてきたんだから逃げないでね、という無言のプレッシャーがそこにはあった。
「俺は。い、いねぇかな」
裕にぃと本当に血が繋がっているのかと疑いたくなるような、そんなバレバレの嘘だった。でも理沙はそれ以上の深入りはせずに「彼氏彼女だけが、すべてじゃないしね」と眼を細めた。
そこで会話が途切れた。久々に教室で話したから会話の糸口が見つからない。まずい、なんか言えよ、俺。
「あ、あのさ」
「なに」理沙が幼い顔を傾ける。
「お、俺たちバスケ部さ、前に言ったと思うけど、夏の大会があるんだ」
「ちゃんと覚えているよ。今週の土日からだよね」
お、覚えてくれていたのか。俺は嬉しくなって調子良く喋っていく。
「俺、必ず活躍するから。だからさ、もし俺たちバスケ部が優勝できたら」
俺と付き合ってほしい。
俺の一世一代の告白は伝えられず、代わりにごきゅっと唾を飲み込む。
「優勝できたら、なに」
「……これ以上は言えん。と、とにかく見に来いよ」
俺はそれだけ一方的に伝えると、その場から逃げ出した。
もう限界だ。仮に理沙に笑われていて、意気地なしと思われてもいい。俺は頑張った。頑張ったんだ。
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