第7話 勝利の美酒は、高らかに
ハッキリしない、物言いに、幕ノ内常務は、これ以上、出来ようのないシワを寄せ、目くじらを立て、苛立ちをあらわにする。
「君……何を言っているか、解らんよ。言いたい事があるなら、ハッキリと言いたまえ!」
前沢課長は、常務を見据えて、言い放つ――――。
「ビル・ゲイツは言った……毎日毎日、”勝ちたい”という気持ちで出社しなければならない……」
課長は片膝を上げ、鉄球のように重く感じる、もたげた頭を上げ、巨人のごとく立ち上がる。
「俺は、アンタに勝ちたい!」
前沢課長は、渾身の力を指先に込め、地に落ちた、1枚の名刺を広い上げ、その名刺を投げる――――。
「町田科学工業、社長名刺を配置! 町田科学は、前年度の売り上げが、500,000円だ!」
緑色の閃光は、これまでと違い、とても弱々しい、細い光柱を放つ。
名刺から、深緑の作業服を着た、バーコード頭の中年が現れる。
作業服は、所々、汚れが染みつき、顔にかけた老眼鏡は、小さなヒビが入り、低姿勢の姿は、何とも頼りない。
貧弱な手札を見た、幕ノ内常務は、鼻で笑い飛ばす。
「前年度の売り上げが、500,000円だと? 馬鹿め! 負けが立て込んで、気でも狂ったか? 潰れかけてる下町の工場が勝てるわけないだろ?」
「それは、どうかな……」
前沢課長は、己の敵を見据えながら、自信満々に解説をする。
「開発中の新技術を完成させるため、社長の粘り強さで、銀行から融資受ける。そして、技術の開発に成功。特許を習得」
「何?」
幕ノ内常務の眉が引きつる。
前沢課長は、畳み掛けるように続ける。
「これにより、新技術を企業に売り込み、収益を得る」
「な、私が配置した四田銀行が、融資を出した!?」
相手のサポート名刺、四田銀行が、町田科学の技術に、将来性を見出し、融資を出す。
幕ノ内常務の受難は続く。
「クソぉ! ホンバまで新技術を購入した!?」
「大手自動車メーカー、ホンバの新技術購入により、町田科学は金銭的に余裕が出る。そこから同じ業種の企業が特許料を払い、新技術を応用した商品を発売。
技術は世界に広がり海外の企業も購入。
特許料と印税だけで、年間10,000,000円の売るあげを叩きだす。
町田科学工業は、日本のトップシェアに躍り出る。
そして、世界に、幾つもの子会社を持ち、世界が誇る大企業へ」
「年間の売り上げが、前年度の売り上げを超えた!? な、なんだ? 何なんだぁ~!? その新技術は?」
「――――セルロース・ナノファイバー――――。
樹木から生成した、繊維を、何万と織り込むことで、鉄の5倍の強度を持ち。
紙のような、軽さを誇る、新素材!」
「そうか……だから、ホンバが、自動車のボディに応用する為、新技術を購入したのか……」
「しかも、その用途は、合成の仕方を変えると、スマートフォンやタブレットのボディに使え、薄く伸ばせば、驚異の硬さを実現した、紙に変わる。
更に、ゲル状に溶かせば、新しい化粧水にまで用途が広がり、可能性は無限大!
新技術の収益により、町田科学工業の、前年度の売り上げは、10,000,000円に達する。
社名を、マチダ・ナノテックスに改名。
世界にグループ会社を作り、社長は職を離れ、経営から退く。
そしてグループの会長として会社を発展させて行く。
潰れかけの町工場は、不死鳥のごとく蘇り、巨人のように立ち上がり、見事、再生を果たした!」
――――――――ハイパー・MUTEKI・大出世――――――――
町田科学工業→マチダ・ナノテックス
社長→会長
前年度 売り上げ 500,000円→10,000,000円
前沢課長は、ほうれい線をつり上げて、静かに口を開く。
「さぁ……土下座の準備は出来たか?」
「や、やめろぉぉぉおおお~」
幕ノ内常務の魂の叫びを無視して、課長はマチダ・ナノテックス、会長名刺に、指示を出す。
「行くぜ! シィット・ブラック・スーパーバイザー・オン・ザ・ダブル・リターン・アタァァアアァク!!(クソ上司に、倍返し)」
攻撃:課長→常務
役職:会長>相談役
マチダ・ナノテックス ― ホンバ = ストレスダメージ
10,000,000 ― 9,400,000円 = 600,000円
常務ライフポイント - ストレスダメージ = 常務、残りライフポイント
6,100,000 - 600,000 = 100,000
異世界数字の猛攻に、幕ノ内常務が悶絶する。
「ぐわぁぁぁぁあああああ!!?」
幕ノ内常務は、手に持った名刺を投げ放し、よろめきながら片膝を地に着け、一張羅の、グレースーツを汚す。
桜吹雪のように、彼の名刺が舞った。
憔悴した前沢課長は、そんな彼を見て。これ以上、立ち上がらないでほしいと願った。
しかし―――――その願いは、無残にも打ち砕かれる。
常務は不適な笑いを浮かべて立ち上がる。
「ふふふ、まだだ! まだ終わらんよ! 私のターン!」
幕ノ内常務は、地に落ちた名刺を、2枚握りしめ、1枚を投げ放つ――――。
「巨大ショッピングモール。ジーオンをフィールドに配置! ジーオンは前年度の売り上げが、8,000,000円!」
まだ生きている、エイト&L、重役名刺の横に並ぶ。
紅い光柱が、不気味に輝き、精悍な顔つきの、中年幻が現れた。
「馬鹿な? リーマンショックカードで、景気は落ち込んでいるのに?」
「だから君は、半人前沢なんだ! ここに、合併カードを配置する」
「合併カード!?」
「合併カードは、景気が落ち込んだ時に発動する、サポートカードだ」
常務はもう1枚の名刺を、天に向かって投げる。
名刺は頭上で砕け、白銀の雪を思わせ、舞い落ちる。
「これにより、エイト&Lホールディングスとジーオンは合併! エイト&ジーオンと改名し、合併により、双方の資産を合わせて15億円に登る。
相乗効果で売り上げが一時、跳ね上がり、国内で指折りの企業になる。
そして、新会長が、新たな会社を統べる!」
「そんな馬鹿な……」
エイト&L + ジーオン = 合併、売り上げ
3,800,000円 + 8,000,000円 = 118,000,000円
1枚の名刺が合体し、太陽よりも眩しい、黄金の輝きが、コロシアム全体を照らす。
それは、まるで、創世記より、神が光りあれと、発したことのように、神々しかった。
黄金の光りが消え、代わりに、光輪と共に姿を現した、新会長は、ヘラクレスのように
いや、どこにでもいるハゲ老人だが、虎のような眼光を放ち、口に、Vの字で逆立つ鬚を蓄え、袴を着て、杖を含めた3本の足で、仁王立ちにする出で立ちが、彼を大きく見せ、引退間近の、老体だということを忘れさせた。
並外れた、経営手腕を、持っているというのが、出会った瞬間に解る。
前沢課長は言葉を失う。
負けた…………俺の名刺は、次の攻撃に耐えられない……完敗だ。
負けを悟り、脳が思考を止め、真っさらとなった。
幕ノ内常務は、狂ったように、身体を震わせて笑い、声を裏返す。
「うんにゅひょへへへへへ――――私の、私の勝ちだぁぁぁああああ!」
上司の、不気味な笑いで、気分が悪くなる。
だが、呆然と立ち尽くす、前沢課長にある疑問が、山から登る、日の出のごとく浮上する。
「――――待って下さい」
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