第6話 髪が抜け落ちても戦え!

 幕ノ内常務は、ギラつく目で、こちらをたしなめながら、流暢に解説を始めた。

 

「リーマンショックにより、フィールド内の名刺に属する企業は、売り上げが40パーセントも落ち込み、リストラが発生する」

 

「お、俺が配置した、名刺の人間がみんな降格された!?」

 

 前沢課長 残りライフポイント 2,699,000

 

 三つ子物産 専務→課長 売り上げ 4,800,000円→3,000,000円

 

 トニョタ 専務→部長 売り上げ 29,000,000円→19,000,000円(細かい数字はカット)

 

 焦る気持ちを抑え、前沢課長は相手の手札を見て、冷静に意見する。

 

「そんなことをすれば、アンタの名刺も、同じことが起きるぞ?」

 

 前沢課長の指摘を聞いた、幕ノ内常務は、底が深く、暗い井戸から這い出ようとする、怨霊のごとく、不気味な唸り声で返す。

 

「それが……どうした?」

 

 今、目の前にいる男は、勝つことさえ出来れば、己の身すらも切り捨てる、鬼神と化していた。

 

「上司が……部下に負けるなど、あってはならん! 会社組織に置いて、そんな屈辱は、プライドが許さん!!」

 

 今や、幕ノ内常務は、勝利に取り憑かれた鬼。

 悪鬼羅刹か、魑魅魍魎か。

 

 今の彼には、ありとあらゆる魔の存在が当てはまる。

 

 幕ノ内常務 残りライフポイント 7,100,000

 

 ソノー 社長→役員 前年度、売り上げ 8,000,000円→5,000,000円 

 

 ホンバ 社長→相談役 前年度、売り上げ 15,000,000円→9,400,000円(細かい数字はカット)

 

 エイト&Lホールディングス 前年度、売り上げ 6,000,000円→3,800,000円(細かい数字はカット)

 

 四田銀行 サポート名刺

 

 男同士の、一歩も引かない、プライドのぶつかり合いは、フィールド内で阿鼻叫喚を形作り、コロシアムをより、白熱させた。

 

 名刺交換が始まる。

  

 攻撃:常務→課長

 

 役職:ソノー役員>三つ子物産課長

 

 三つ子物産課長、爆死。

 

 ソノー - 三つ子物産 =ストレスダメージ 


  5,000,000円  - 3,000,000円  = 2,000,000円

 

 課長のライフポイント - ストレスダメージ = 常務、残りライフポイント

 

    2,699,000   -   2,000,000   =    699,000

  

 

 

 攻撃:課長→常務

 

 部長が、相談役に、部下の教育方針を相談。

 

 役職:トニョタ部長<ホンバ相談役。

 

 トニョタ部長、役職負けにより、爆死。

 

 ストレスダメージ半減。

 19,000,000→9500000

 

 

 トニョタ - ホンバ  = ストレスダメージ 


 9,500,000 -  9,400,000 = 100,000

 

 常務のライフポイント - ストレスダメージ = 常務、残りライフポイント

 

 7,100,000 - 1,000,000 =  6,100,000

 

 名刺と名刺で、インクの文字を削り合うかのごとく、押しも押されぬ戦い。

 そして、ストレスとストレスでもみ合いになり、観客席は、一層、白熱する。

   

 ダメージを堪え忍んだ、幕ノ内常務は険しい表情を解きほぐし、卑しい笑みを浮かべて言う。

 

 「君の負けだよ。前沢君。よく健闘したほうだ……ご苦労さま」

 

 その顔は勝利を確信し、相手をあざける余裕さえあった。

 

 前沢課長の残りライフは,699,000。

 彼はストレスダメージで立っていられず、片膝を地に着ける。

 

 前沢課長の脳裏に、ある言葉が侵入し、支配する。

 

  ――――Do――――Ge――――Za――――

 

 自然と、課長の全身から、冷や汗が出る。

 営業マンにとって、土下座は最後の手段。

 しかし、ここで土下座をするということは、定年まで上司に隷属するということだ。

 

 課長の頭は、徐々に下がって行き、頭頂部の円形脱毛が見え始める。

 

 一度、それをしてしまえば、会社で顔色を伺い、媚びへつらい、接待の場で、身体を張って余興をしなければならない。


 額に、ねじり鉢巻きのように巻いた、ネクタイが垂れ下がり、剣先のような布地が、地面に付く。

 それは、まるで剣闘士が、戦意を失い、剣を構える力を無くし、一閃すらも振るうことが出来なくなり、刃を下げて、敗北を受け入れたかのようだった。

 

 前沢課長は、下がる頭に想いを馳せる。 


 ――――敗北も、素直に受け止めれば、悪いものじゃない。


 このまま、奴隷のように付き従えば、無事に定年まで勤め上げることも出来る。

 約束された将来だってあるはずだ。

 この男が、いずれ重役の座に付けば、俺を後釜として、常務の椅子に引き上げてくれるかもしれない。

 何より、息子は来年、高校受験だ。

 マイホームのローンも残っている。

 

 課長の頭は、尚もに下がって行き、頭頂部の円形脱毛が見え始める。

 

 その、円形脱毛を見た常務は、目くじらを立てながら、責め立てる。

 

「謝れ……謝れよ……薄らハゲと罵ったことを謝罪しろぉ!!」

 

 コロシアムの熱気は最高潮に達し、歓声は一層、わき上がる。

 だが、今の課長には、その歓声が耳に届くことはない。

 老衰から来る、聴力の衰えではない。

 彼の砕かれた精神が、これ以上の戦いを拒み、外界からの刺激を閉ざしているのだ。

 

 そうだ――――謝るんだ。頭を下げるのは一瞬だ。

 それだけで、俺の会社での未来は安泰だ――――。

 

 額が、地に着く、寸前。

 課長の身体は震えだし、土下座に対し、無意識に拒絶する。

 

 いや――――。


 この、部下を人と思わない上司が、俺を次のポストに、抜擢するとは思えない。

 

 これまでの苦く、辛い経験が、流れ込み、記憶の滝に打たれているかのような、苦行を強いる。

 そして課長は、その滝のような圧迫を持ち上げるかのごとく、ゆっくりと上体を持ち上げる。

 

 「――――――――ばならない……」

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