第4話 ここは、地獄の異世界一丁目
2ターン――――2ターンも相手に許してしまうとは……。
肉食動物に噛みつかれ、走れない足を、必死で引きずり、逃げようとする鹿を、狼がゆっくりと前足を、ジワシワ伸ばしながら追うようなものだ。
しかも、その狼は、追いつくた度に足を止め、鹿が逃げる時間まで与えるという、遊びまで出来る。
俺は間違いなく、足を引きずる鹿だ。
そして、鹿をもてあそぶ狼は、目の前の上司――――。
幕ノ内常務の顔が、自然と、卑しい表情を形作る。
「すまないねぇ。2ターンも譲ってもらうとは…………では、遠慮なく行かせてもらうよ」
ターン、幕ノ内常務。
常務は、手元に持つ、4枚の名刺から、1枚を指でつまみ取ると、春風に流すかのように放る。
大手通販サイト、ユニゾンの専務名刺に、並ぶように、力場で浮く。
紅い光柱から、現れたのは、白衣を着た、研究者を思わせる、小柄な老人。
髪は綺麗に抜け、顔はブルドッグのように、シワというシワが、重力に逆らえず、垂れ下がっている。
そんな幻に、前沢課長が、怪訝な顔で警戒していると、幕ノ内常務は丁寧な説明を添える。
「我が社が主催する。ゴルフコンペで、親しくなった。ブルーアイズ・ホワイト製薬の主任研究員だ。前年度の売り上げは、2,000,000円だ」
前沢課長は、常務が自慢気に話す、説明を聞きながら、フィールドに配置された、2枚の名刺の組み合わせに独自の考えを巡らせる。
「商事会社と製薬会社が、ゴルフコンペで、どうやって知り合うんだ? しかも、通販サイトと製薬会社? 関連性のない組み合わせだ」
常務は続ける。
「更に、サポートカード。
3枚並んだ名刺を見て課長は息を呑む。
「通販サイト、製薬会社、銀行……まさか?」
「その、まさかだよ、君。ネットショッピングで、ジェネリック医薬品の販売が開始。
そして、その通販サイトと提供を果たしたのが、ブルーアイズ・ホワイト製薬だ。
ネットでの医薬品販売に融資を買って出たのが四田銀行だ。
そして、通販によるジェネリック医薬品の売り上げは急速に伸び、これにより提携を結んだ企業は一気に株価が上昇」
提携攻撃:常務→課長
ユニゾン + ホワイト製薬会 = ストレスダメージ
2,800,000円 + 2,000,000円 = 4,800,000
幕ノ内常務は、古代の皇帝が国民へ、戦いへの、勝利宣言をするかのごとく、高らかに叫ぶ。
「ダイレクト、コンビネーション、ストレスダメージ!!」
課長のライフポイント - ストレスダメージ =課長、残りライフポイント
9,700,000 - 4,800,000 = 4,900,000
「ぐわぁぁぁぁあああああ!?」
課長は、思わず名刺ケースを投げ、膝は震えて、力なく地に落ちる。
投げたケースから、名刺が滑り出て、桜吹雪のように舞い、地に落ちる。
い、胃がよじれるぅぅぅ……。明後日の商談に自信が持てなくなってしまうぅぅぅ……。
し、しっかりしろ! まだ、勝負は終わってない!
課長は震える手で、地面に散らばった名刺を無造作に拾う。
5枚の名刺を、扇のように持つと、片膝を付き、再び立ち上がる。
前沢課長は、うつろな目で彼方より、こちらを見下し、この身に苦痛を植え付ける、冷血な上司を見つめ。恨みつらみを巡らすと同時に、尊敬すら覚えた。
さすがだ…………何ら関係ない、製薬会社の人間すらも、ブレーンにするとは。さすが、常務に登り詰めるだけはある。
どんな人間も、人脈として取りこむ営業能力と、顔の広さ。得た人脈を、最大限活用する、卓越した経営手腕。
俺もあやかりたい……。
だが、俺はアンタじゃない! アンタのように、部下を踏み台にする、鬼畜上司にはなりたくない!
ターン、前沢課長。
「俺のターンだ! 大手パソコンメーカー、ネムEC。海外事業部、部長名刺! ネムECは前年度の売り上げが3,800,000円」
召喚された、ネムEC。海外事業部、部長は、海外ブランドのスーツを着込み、見事な七三分けの髪を見せつける男だ。海外出張が多いせいか、肌は麦色に焼けている。
課長と主任研究員は、通過儀礼を果たし、名刺を交換する。そして、二つの幻は、交換した合った名刺を眺めている。
そして――――。
ブルーアイズ・ホワイト製薬、主任研究員の幻は、盛大に爆発する。
攻撃:課長→常務
役職:部長>主任研究員
ネムEC - ホワイト製薬 = ストレスダメージ
3,800,000円 - 2,000,000 = 1,800,000
常務 - ストレスダメージ = 残りライフポイント
10,000,000 - 1,800,000 = 8,100,000
遠くで、異世界数字の竜巻に、串刺しにされた幕ノ内常務が、よろめく姿が見えた。
苦痛から解放された、幕ノ内常務がこちらを、ゆっくり睨みつける。
その眼光は、修羅からはいでた者の、この世の苦行が、なんたるかという、真理を知った目だ。
前沢課長は息を呑み、次なる苦行に耐える為、身構える。
ターン、幕ノ内常務
幕ノ内常務は、あらゆる顔面のシワが寄り集め、ほくそ笑む。
それは、まるでトランプに描かれた、カードのジョーカーのごとく、不適な笑いだった。
「部下とは言え、決闘の場で手を抜くのは失礼だからね。ここからは本気で行かせてもらうよ……大手コンビニチェーン。エイト&Lホールディングス。重役名刺を配置」
投げた名刺が紅く光り、重役の幻が召喚される。
重役の腹は、風船のように膨らみ、スーツのボタンがはち切れそうになる。
髪は白髪で統一され、月明かりに照らされると、銀色に輝いた。
「このまま部下にやられっぱなしでは、上司の威厳に関わる。行くぞ! ネムEC、部長名刺に攻撃!」
攻撃:常務→課長
役職:重役>部長
エイト&L - ネムEC = ストレスダメージ
6,000,000円 - 3,800,000円 = 2,200,000
課長のライフポイント - ストレスダメージ = 課長、残りライフポイント
4,900,000 - 2,200,000 = 2,700,000
「ふんっ、にゅぅぁぁあああああああ!!!」
前沢課長は苦痛に耐えようと、もがくが、強烈なストレスダメージにより、もがき苦しみ、身体をよじる。
正気を取り戻した、課長の攻撃が始まる。
ターン、前沢課長
「負けるかぁ。俺のターン! 三つ子物産。専務カードを召喚! 三つ子物産は、前年度の売り上げが、4,800,000円」
「三つ子物産か……私が君に紹介した、ブレーンではないか? ついに、恥も外聞も、己のプライドすら捨てて、勝ちを取りに来たか。全く、情けな……」
常務が、垂れるこうべを言い終わる前に、前沢課長は次の手札を切る。
「そして、次の行動は攻撃ではなく、サポートを使う――――コネカードを使う!」
その言葉を聞いた常務は、眉を潜め、悪態を付く。
「コネカードだとぉ?」
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