第3話 ルール・オブ・デュエル

 現れたのは、澄ました顔の中年のオヤジ。

 

 顔じゅうに走る、深く刻まれたシワは、現代社会の荒波に揉まれ、河川にえぐられたことにより出来た、無数の谷底に見える。 

 紺色のスーツを着込む、この中年男の瞳に、魂の輝きは感じられない。

 まるで、その場に置かれた、等身大人形のようだ。


 現代の勤め人なのだから、目に生気が感じられないのは、仕方ないとして。

 突然、得体の知れぬ世界に来て、平静でいられる人間はいない。

 恐らく、この人物は不思議な力により、作られた幻だろう。

 異世界に満ちる、魔の力か。精霊が授けた、霊的、力か。人を象った幻の造形は、生身の人間その物に見える。


 前沢課長は、深く息を吸い、観戦するオーディエンスにも、聞こえるよう、声を響かせた。

 「大手電機メーカー、モットシャープ。営業二課、課長カードをフィールドに配置! モットシャープは、前年度の売り上げが2,500,000円だ!」

 

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 トラバーユの決闘は、ターン制で進む。

 お互いのライフポイントは、10,000,000から始まり、相手の攻撃でライフポイントを消って行く。


 まず、名刺を1枚選び、攻撃かサポートかの行動を選択する。

 攻撃を選べば、その、1ターンで行動が終了し、サポートを選べば、フィールドに名刺を最大で5枚、置くことが出来る。


 そして、この決闘の攻撃は、より高い役職に就いている、肩書きが勝ち、相手へのダメージは、名刺に属する企業の、前年度の売り上げで決まる。

 

 先攻の攻撃名刺が、後攻の役職に負けた場合、先攻の名刺が与えるダメージは半減する。

 

 どちらか先に、ライフポイントが0になった者が負けとなる。


 名刺による、異世界での効果は、現実世界で起きた、前年度、以前の経済トピックスを元に、効力が反映される。

 

 不正が発覚した場合、ライフポイントに関係無く失格となり、違反したデュエリストは負けとなる。

 

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 前沢課長が、選出した名刺の人物を見て、幕ノ内常務は感心しながら言う。


 「ほぉ~、モットシャープさんには、私も世話になっておるよ。では後攻……参る!」


 後攻、幕ノ内常務。


 常務も同じく、ケースから名刺を5枚取り出す、1枚を人差し指と中指でつまみ出し、目の前に放る。 


 放った名刺が、地に落ちる手前で、力場により、地面のすれすれでピタリと止また。


 そして、不気味な紅い光りの柱が、天高く登る。

 それは、まるで、灼熱のマグマが立ち上がり、深紅の雷が、地面から湧き出ているようだった。


 紅い光柱が消えると、ダルマのようなシルエットが浮かんだ。


 いや、その表情自体も、ダルマのような威圧的な顔をしており、角刈りの髪に、スーツを着たダルマと、言い表すのが良いだろう。

 大きく見開いた、まん丸の目玉。への字に歪めた口元。


 前沢課長は、その貫禄に、幻とはいえ、思わず浅い会釈を送る。

 それを見た、幕ノ内常務は微笑ましく見守り、高らかに言う。


 「大手通販サイト、ユニゾン。専務カードを配置する。ユニゾンは、前年度の売り上げが、2,800,000円だ!」

 

 前沢課長は、現れた中年の幻に、目を見張る。


「専務カードだと!? いきなり課長職よりも上の名刺を出して来るとは……」


 名刺の肩書きを聞いた課長は、落ち着きなく、歯ぎしりをした。


 二つの幻は、互いに歩み寄っていく。

 その間、全く目を離さそうとしない。

 当たり前だ、取引の場で、先方から目を離すなど、言語道断。

 ビジネスマナーに反する。


 コロシアムの中央に来た、幻達は、1メートルのパーソナルスペースを空け、睨み合う。

 そして、互いに変化があった。


 ――――――――――――お辞儀だ。


 商談の場に限らず、まずは挨拶が先だ。

 頭を下げて、上体を上げた後、二つの幻は、同時に、背広の胸ポケットに手を入れまさぐる。

 目当ての物が見つかったのか、幻達は相手にそれを突き出す。


 名刺交換。


 互いに名刺を渡しあうと、貰った名刺を確認する。

 前沢課長が召喚した、モットシャープ、営業二課、課長は、相手の名刺に、隅々まで目を凝らす。


 同じように、対戦相手。幕ノ内常務が召喚した、大手通販サイト、ユニゾンの専務は、受け取った名刺を墨で書き込んだかのような、ダルマの目玉で、マジマジと見る。


 名刺が、そのまま目玉に、呑み込まれそうに、見えてしまう。

 

 すると――――――――中年の幻が突然、胸を抑え、苦しみ出した。

 

 働き盛りの中年の男性が、現代社会で健康を維持するのは、なかなか難しい。


 

 ――――――――モットシャープ、営業二課、課長はコロシアムの中央で、大爆発を起こす。

 

  専務の肩書きに、ストレスを受けて、モットシャープ課長は心筋梗塞を起こしたのだった。

 

 満月まで立ち上る灰色の煙り、立ちこめる粉塵を見て、前沢課長は苦虫を噛む。 

 幕ノ内常務は、見下すように課長に、目を向けながら解説する。

 「勝ったほうのメーカーの売り上げから、負けた方の売り上げを引いた額が、君へのストレスダメージとなる」

 

 攻撃:常務→課長


  ユニゾン - モットシャープ = ストレスダメージ 

 2,800,000円 - 2,500,000円  =   300,000

 

 課長のライフポイント - ストレスダメージ =  残りライフポイント

 

    10,000,000   -    300,000   = 9,700,000

 

 前沢課長の頭上に、現実世界では読み解けない、古代の文字が浮かび上がる。

 鳥や、角などを模した、その異世界の文字は、横に8つ並び、課長のライフポイントを表しているのが解った。


 そして、異世界の数字が、ルーレットのように切り替わり、一桁減って、7つになると、前沢課長に襲いかかる。

 

 異世界の数字は、彼の周辺を竜巻のように囲む。

 課長は困惑しつつも、取りまく数字を目で追う。

 文字は、すぐに回転を止め、その場で時を硬直させると、前沢課長の手や足、腹などに吸い込まれる。

  

 異世界の、未知なる力の洗礼を受けた、中間管理職たる彼は、反り返りながら痙攣。

 己のダメージを認識する。

 

「うわぁぁぁぁぁあああああ!?」 

 

 な、何てストレスだ!? 胃に穴が空いたような激痛。

 胃酸が逆流しそうな不快感。

 明日の出社を考えると、憂鬱になる……。

 

 苦痛が通り過ぎると、スーツを着た、ダルマの幻に焦点を合わせ、おののく。

 

 やはり強い! 専務カード!

 

 専務という肩書きにおののき、1ターン休み。

 幕ノ内常務はこちらを、たしなめるように見て言う。

 

「しかし、君。専務との商談で、名刺を目の前に置くと言うのは、ビジネスマナーに反するのではないかね?」


 課長は、力場により、膝の位置で浮く、自らが配置した名刺を見る。


 く、悔しいが、その通りだ。

 商談の場では、貰った名刺は、端によけて置くのがマナー。

 俺は何て無礼なことをしたんだ。

 

 フィールドに浮く、モットシャープ、営業二課、課長名刺は、突風にあおられるように消し飛んだ。

 

 無作法により、もう1ターン休み。

 

 前沢課長の額に、冷や汗がにじむ。


 マズい、2ターンも相手に許してしまうとは……。

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