第44話 チンピラの街 ―大阪―
仙台駅前には人々の群れが行き来していた。
あの爆発が起こってから、鼓膜が破れたように耳が曇って、上手く音が聞こえなかった。なので、何度も後方を振り返って、警官に追われていないかどうかを確認した。
コートの下は汗まみれで、ひどい臭いがした。ここまで必死で走ってきたのだから当然だろう。
仙台駅構内に入ると、人でごった返していた。みな、不満そうな顔をして、口々に文句を言っていた。駅員に喧嘩を売っている者もいる。なにかあったのだろうか?
電光掲示板には、「ただ今、爆発事故の影響により、運行を休止しております」と表示されていた。
まずい、と思う。出来るだけ早く、この街から距離を置きたかった。
仕方がない。構内を出ると、駅前で客待ちをしているタクシーを拾った。周囲にはやけに警官の数が多く、ドアを閉めるとほっと胸を撫で下ろした。
運転手がこちらを振り返り、どこに行くかを尋ねたので、マスクを鼻の上に引っ張った。砂川はくぐもった声で、大阪駅に行って欲しいと頼んだ。
いくつもタクシーを乗り継いで、大阪駅に辿り着いた。外はもう真っ暗になっている。運転手に金を払うと外に出た。持ってきた金も少なくなってきている。腕時計で時間を確認すると、午後八時過ぎだった。
ホテルに宿泊する危険は避けたかった。そうなると、自然と野宿するという道しかなくなってくる。
サラリーマンや塾帰りの学生が帰宅している姿が、ちらほらと見受けられた。人混みに紛れながら、警官の目を誤魔化して歩いた。
途中、コンビニで弁当を購入して、レジ袋を下げて街の中を歩いた。体中汗ばんでいて、早く風呂に入りたかった。レジで並んでいると、柄の悪い若い男たちに「こいつ、ワキガ臭え」と陰口を叩かれた。
外壁が薄汚れた二棟のマンションの角を曲がり、直線の道を進んだ。前方からくたびれた様子のサラリーマンが歩いてきて、ある民家の門扉をくぐった。鍵でドアを開けて、中に入って行った。もう自分には、戻る家はないのだな、と思った。
十字路に出た時、左方向に自動販売機の光が見えた。ずっとタクシーの中にいたので、ひどく喉が渇いていた。
自動販売機前の小綺麗なアパートから、だぶだぶのジャージを着た若い男が現れた。財布を持っており、ジュースか酒でも買おうと思っているのだろう。
砂川と若い男の目が合った。数秒間、睨み合ったあと、男は自動販売機で目的のものをすばやく買ってしまうと、こちらにメンチを切らしながら、玄関を抜けていった。大阪に入ってから、やけに意地の悪い人間と多く接触するようになったと感じた。地域柄なのだろう。チンピラにはチンピラの街がある。馬鹿なお笑い芸人たちの故郷がここなのも、いい証拠だろう。
自動販売機で水を購入して、口に含んだ。乾いた地面に水が浸透していような感覚。ぐう、と腹の虫が鳴った。どこかで弁当を食べてしまおう。
また十字路に戻って、今度は左に曲がった。そこにはこぢんまりとした公園があり、街灯の類はないので、ほぼ真っ暗だった。
黄色いポールを抜けて、公園の中に入った。ベンチに腰かけて、弁当を食べ始める。唐揚げ弁当だった。食べ終えてしまうと、空の弁当をビニール袋に入れて、そこら辺に投げておいた。
自転車を漕ぐ音が聞こえた。名神高速道路方面から、制服警官がやって来ていた。パトロールだろう。すぐにバックパックを背負って、公園を飛び出した。街の中を走りながら、不審に思われなかっただろうか、と思う。心臓が緊張のあまり、バクバクと脈打っている。
終電に乗って、さらに遠くにへと向かいたかったが、夜の街を歩く危険を誰よりも理解していた。大阪は他県よりも治安が悪く、巡回パトロールが多く感じる。早く、どこかに身を隠したかった。
午前十時を回った頃、交番の前を通りかかった。そこには、砂川耕司――自らの指名手配写真が公開されていた。整形前の写真と、整形後の写真。どちらもだ。
まるで、周囲の人々全てが、自分を指差しているかのような、絶え間ない恐怖が砂川を襲った。
みんながお前を見ていて、お前を責め立てている。
膝がガクガクと震えて、震えが止まらなくなった。
自首しようかと思ったが、捕まったあとの面倒な手続きと、警官たちに馬鹿にされるのが嫌だった。
街の裏通りに入り、眠れそうな場所を探した。小便の臭いが充満していて、今にも吐きそうになった。
砂川が見つけた場所は、鉄橋の下、雑草がぼうぼうに生えた場所だった。気温が低いのだから、蚊などもいないだろう。ここにはホームレスや布団を敷いている者はいないようだ。横になると、バックパックを枕にして眠った。
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