第37話 死刑台

 夕食のカレーを食べ終えると、砂川は部屋を出て、皿を水面台に置いた。カーテンは閉まっておらず、外の世界を支配する闇を目視することが出来た。闇に包まれた街は、人工的な光を放っている。

 自分の部屋には、仕事から戻ってきた者たちが自分のベッドに戻ってきていた。漫画を読む者やゲームをする者、寝息を立てている者……様々だ。

 小谷は夕食のあとから具合が悪くなり、度々、トイレで席を立っていた。

「またトイレか。大丈夫か?」

「大丈夫だ。なにも問題ねえや」

 強がる彼の顔は、病的に真っ青だった。まさか、カレーになにかを仕込まれたのだろうか? いや、まさか――。

 テレビのニュース番組では、今まさに、砂川と小谷に関する報道を行っていた。小谷も番組を見るべきだが、どうやらその余裕はないようだ。

 ニュースキャスターは言った。

「本日、午後二時二十五分頃、「使われなくなった施設で、腐敗した死体がある」との一一○番通報がありました。警視庁署員が駆けつけたところ、電気設備施設で二人の腐乱遺体を発見しました。男の遺体には、クロスボウの矢のような跡があり、女は扼殺死体でした。警視庁捜査一課は死体遺棄事件として捜査を開始。遺体は行方不明となっていた久保木英彦さんと、失踪宣告書を書いて行方不明になっていた、砂川麻友さんの可能性があると見ています。捜査一課によると、遺体は周辺にあった器材や木材などで隠されていました。損傷が激しく、引き摺ったような跡がありました。死後三ヶ月ほど経過していると見られています。久保木さんは行方不明になってすぐに失踪届が出されており、警察は捜索を行っていました」

 体が熱くなり、嫌な汗が滲み出してきた。遂に、見つかってしまったようだ。

 ニュースキャスターは続ける。

「捜査一課は砂川麻友さんの夫――砂川耕司を、宮城県仙台市内のとあるアパートで発見しており、女子高生の死体遺棄容疑で指名手配されている、小谷修平容疑者と共犯の可能性があるとして、本日、指名手配を行いました。捜査特別報奨金上限額は三〇〇万円とのことです」

 画面には、砂川と小谷の顔写真が映し出される。丁度、トイレから小谷が戻ってきて、報道の内容を見て凍りついた。

「容疑者に似ている者や不審な者を見かけたら、すぐに警察に一一〇番通報するようにしてください」

 そう締めくくり、次のニュースにへと変わった。

 二人は戦々恐々として見つめ合った。

 廊下で足音がして、やがて、部屋の扉が開いた。姿を現したのは、石岡だった。

「ニュースで見たぜ。あんたらのこと」

 石岡と青田が、砂川たちを追い出そうとしていることを思い出していた。

「ああ。だから、そう言っているだろう。俺たちは指名手配されている。だから、ここに匿って欲しいんだよ」と小谷。

「俺からもよろしくお願いします。それに――」

 砂川がそういいかけた時、青田が姿を現した。清潔感の欠片も感じられないボサボサの茶色い髪。年齢は分からないがしわくちゃの顔。吊り上がった目。ニタニタと厭らしい笑みを浮かべており、その目には狂的な光が点っていた。

「ニュースは見たよ。事情は分かった」

「はい。だから、よろしくお願いします」

「誰がおたくの面倒を見るって言った? そんなの御免だね。あたしらも捕まりたくないんだ。それに、あんたらにはなんの恩義もない」

「そんな――」

「たったいま、警察に通報してきた」

 ニヤッと、ヤニで黄色くなった歯を剥き出しにした。

「賞金三〇〇万円、ありがたくいただくよ。わざわざ、ウチに来てくれてご苦労さん。豚箱はさぞ楽しい場所だろうね」

「嘘でしょう?」砂川は唇を震わせた。「さすがに冗談で言っているんでしょう?」

 小谷が言った。「さっきから腹が痛えんだ。夕食のカレーになにを入れやがった?」

「下剤だよ。これであんたは捕まる。逃げられはしないのさ」

 砂川ははっとして、耳を澄ませた。こちらに向かって、サイレンの音が近づいてきているようだ。

「嘘なんてつくもんか」青田は笑った。「さっさと死刑台に行け。人殺し共」

「逃げろ! 今すぐにだ!」

 二人は部屋を飛び出した。廊下を駆け抜けて、玄関で靴を履く。尖った石を踏んだ時の傷が、ジクリと痛んで、砂川は小さな悲鳴を上げた。

 廊下の奥からは、けたたましい笑い声がどこまでも聞こえ続けていた。


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