第34話 犯罪者

 一キロほど離れた位置にある有料駐車場に入った。

 コーポから一度も立ち止まらずに、武器を持って全力疾走を続けていたため、砂川はへたり込んで息を弾ませた。

 まさか、本当に、いきなり警察が押しかけてくるとは思わなかった。不意を突かれる可能性を考慮して、近所の有料駐車場に一ヶ月以上も前から、小谷の車を止めていた。駐車料金は馬鹿にならず、止めようとも考えていたが、それが上手く行ったようだった。

「こんな深夜に、警察が来るなんてな。びっくらこいたぜ」小谷は息も絶え絶えにそう言った。「普段運動しているはずなのにな、ポリ公から逃げるとなると、緊張してすぐに息が切れちまう」

「全くだ」

 遠くの方からサイレンが聞こえる。徐々にこちらに近づいてきている感覚があった。

 二人とも裸足だった。右足の裏がジクジクと痛む。まともに返り血を浴びたため、血だらけだ。小谷がその様子に見かねて言った。

「どこか、深夜営業の大型スーパーにでも入って、衣服や下着を買わないと駄目だな。そのバックパックの中に金があるんだろ?」

 砂川は頷いた。「もちろんだ。そのために持ってきた」

 二人は車に乗り込むと、すぐに発進した。駅前の大型スーパーに向かう前に、公園に立ち寄り、返り血を洗い落とした。

 十分ほど車を走らせると、駅前の大型スーパーに着いた。砂川が着ている服は血塗れだったので、小谷が買いに出かけた。そして、五分も経たずに、レジ袋を下げて戻ってきた。

「衣服と下着類と靴、全部買ってきたぞ。他にも、変装に使えそうなものをいくつか」

「俺に変装はいらない。必要があるのは小谷、お前だよ。すぐに顔写真つきで指名手配されるだろうぜ。俺は整形して顔を変えているから、写真を晒されても特に問題ないが」

「店内にあったテレビを見たが、まだ報道自体はされてないみたいだった。ま、朝のニュース番組で報道されるよな」

「多分な」

 二人は車内で裸になり、すぐに新しい下着と衣服を身に着けた。

「砂川。お前、運転しろ。運転免許証は持ってるだろうな? 持ってなかったら、作った意味ないな」

「確認してみる」

 警察が突然押しかけてきて、茫然自失の状態のまま、財布をバックパックにぶち込んだところまでは記憶があった。財布の中に運転免許証が入っているという確証はない。

 中身を確認してみる。財布の中は、もう使わないポイントカードや、レシートで一杯になっていた。それらを取り出して、車内のゴミ箱に放り込む。

「どうだ?」彼には珍しく、不安そうに聞いてきた。

「問題ない」

 砂川はニヤリと笑い、財布のポケットから、苦労して手に入れた運転免許証を取り出した。名前は小谷将とあり、堂々と自分の顔写真が貼り付けてある。

「なんだよ。心配させるんじゃねえよ」小谷はほっとしたようだった。

 彼は一旦外に出て、後部座席に乗り込んむと横になった。

「俺はここで隠れているから、とにかく遠くまで車を走らせろ。東京方面がいい。検問は出来るだけ避けろ。あと、高速道路も駄目だ。お前が言うNシステムとやらがあるんだったよな? 出来れば人気のない山ん中がいい。車があれば、寝泊まりは出来るからな」

 東京方面に向けて、車を走らせ始めた。

 どこかの本に書いてあった。木の葉を隠すなら森の中。知り合いが多い福島県内や宮城県内はまずい。阿部茜の時のように、知り合いとばったり出くわす可能性も零ではない。小谷が殺人事件の犯人だとバレた以上、警察は血眼で捜索を行うだろう。奴らを舐めてはいけない。向かうなら、人の多い大都市がいい。札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、岡山、福岡、那覇……。簡単に思い浮かぶだけでも、これだけの場所が挙げられる。その中から好きな場所を選べばいい。知り合いが住んでいるので、仙台は除外だが。

 都会の喧噪に紛れ込んでしまえば、よほどまずいことをするか、昔の知り合いや友人に連絡をしない限り、居場所が発覚することはない。警察の人海戦術を使ったローラー作戦も、人口が多すぎて上手く機能しなくなってしまう。

 昔の同級生に頼れるとは思わなかった。阿部が他の学校に転校したあとは、今度は次なるいじめのターゲットが選ばれた。背丈が低く、肌が白く、眼鏡をかけている……弱そうなオタク少年だった。クラスメイトたちは彼を無視して、散々な嫌がらせを行い、少年を保健室登校にまで追い込んだ。

 いじめのターゲットがクラスからいなくなると、今度は次のターゲットが選ばれ、次のターゲットが社会的にドロップアウトすると、次のターゲットが選ばれ、そいつが駄目になるとまた……。

 延々と迫害と誹謗中傷のスパイラルは卒業の日まで続いていった。奴らに自分たちの存在がバレれば、庇うどころか、通報しないことの見返りとして金品を要求される可能性もありえる。

 東京に逃げる……。

 砂川の頭の中には、東京タワーの姿が浮かんだ。見に行ったのは、麻友と知り合って、一年ほど経ってからだろうか。二人で東京ディズニーランドに出かけに行って、ホテルへ向かう帰りに立ち寄った。

 夜の闇の中でアクアブルーにライトアップされる東京タワー。幸せそうなカップルたちがそれを見上げている。その中の一人に、自分たちはいた。あの時は多幸感に包まれていた。やがて子供が産まれ、幸せな未来が待っているものと思っていた。しかし、現実はそうではなかった。

 俺は、単なる逃亡犯だ。それ以外の何者でもなくなってしまった。

 ハンドルを持つ手が震えた。クロスボウによって、パトカーで突進してきた警官をこの手で殺した。阿部も含めれば、これで四人目の殺人である。

 時間が経過して、犯行が警察によって暴露されるにつれ、血塗られた所業は加速度的に増していく。罪を隠すために罪を重ねる。本物の犯罪者だ……。


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