第14話 組立

 説明書通りにクロスボウの組立を続けた。

 弓の両端にリムチップをつけて、しっかり指で押し込む。弓の部分に組立補助弦を左右斜めに取りつける。補助弦を音が鳴るまでしっかりと手前に引く。引く重さがかなりあり、最初は手こずった。

 一旦外に出て、倉庫から軍手を持ってくると、それを着用した。自分の力ではなかなか引くことが出来ないので、弦、矢、ワックスと一緒に購入していた、コッキング紐というものを使用することにした。コッキング紐を使いながらコッキングすることで、約半分の力で弦を引くことが出来た。

 普通の弦を組立補助弦の内側を通して弓にかける。引き金の上部の安全装置を「FIRE」にセットして、解除する。

 足をかける部品であるフットスティラップを取り付けて、それを床につけて、引き金を引いた。想像していたよりも衝撃があり、危うくクロスボウを取り落としそうになった。

 最後に、組立補助弦を外せば完成だった。

 これで、クロスボウに関する一通りの準備は出来た。

 威力の検証は、夜中、近くの河原で行うことを決めた。あの場所ならほとんど人が訪れることもないし、誰にも見られないだろう。結婚当初、麻友と一緒に、そこで花火をしたことがあったが、監視カメラの類はどこにも見当たらなかった。

 不意に腹の虫が鳴った。慣れない組立作業をしていたため、かなりの時間が経過していたようだ。壁掛け時計を見ると、丁度午後十二時だった。

 椅子に引っ掛けていたダウンジャケットを羽織り、財布をポケットに入れて外に出る。扉はしっかりと施錠した。

 近くのスーパーなので、運動がてら、車には乗らずに自転車を使うことにした。倉庫の中には、ほとんど使用していないロードバイクがあった。十万円以上もかけて購入したにも関わらず、使っていないので、麻友は烈火の如く怒っていた。

 スーパーに着くと自転車から降りて、鍵を締めた。

 店内に入ると、自動ドア付近にある灰色の買い物籠を手に取り、商品を物色する。客層のほとんどを老人が占めており、時折、ジロジロと尖った視線を向けてきた。

 唐揚げが詰まったパックとインスタントラーメン、コーヒー牛乳を購入し、レジの列に並ぶ。前に並んでいる老婆は、何度もチラチラとこちらを振り返り、気味の悪い笑みを浮かべていた。

 自分の番になると、店員が商品のバーコードを読み取っていく。財布から金を取り出して、カルトンに置いた。店員は金額が合っているかを確認して、商品をレジ袋に詰めた。

 砂川はレジ袋を手に、スーパーの外に出た。自転車の籠にレジ袋を入れて、家に向かって漕ぎ始める。近くの公園では、子供たちが遊んでいた。カードゲームをしているようだ。カードが風で飛ばないように、石ころをカードの上に置いている。なんだか微笑ましくて、思わず笑ってしまった。

 家に戻る途中、荒っぽい運転をする大型車に出くわした。運転席に乗っているスキンヘッドの男を見やると、こちらを見て、ニヤニヤと笑っていた。通り過ぎる寸前、けたたましいクラクションを鳴らしてきた。

 あの車は一体、何だったのだろうと思いながら、家に辿り着いた。自転車を所定の位置に止めて、玄関の鍵を開けて中に入る。靴を脱いで上がり框に踏み、リビングに入って行く。唐揚げを電子レンジで温めている間に、湯沸かし器に水を入れて、セットした。インスタントラーメンの蓋を開けて、加薬などを説明通りに投入する。

 電子レンジのアラームが鳴ると、取り出して、キッチンカウンターの上に置いた。

 湯沸かし器の沸騰が終わると、カップラメーンに熱いお湯を注いでいく。蓋の上に後入れの液体スープを置いた。

 完成するのを待っている間、テレビをつけてニュースを見た。五十代の無職男が、同居していた母親を包丁で殺害、出頭。二十代の夫婦が、赤ん坊を家に放置して餓死、逮捕。切り裂き魔による無差別殺傷事件、一人が死亡、七人が重軽傷……。暗いニュースばかりが続いていく。

 アラームが鳴ったのでタイマーを止めて、カップラーメンの中に液体スープを投入し、箸で掻き混ぜた。ソファに腰かけて、唐揚げと一緒に食べ始める。食後は、残ったスープを流して、水で洗ったあとにゴミ箱に捨てた。

 食事のあとは、二階の自室に上がり、ノートパソコンを使って色々なものを調べた。整形外科の場所や、逃走経路、どのように逃げれば良いかの指南サイトなど……。

 午後六時頃になると、車に乗って、またあのスーパーに向かった。老人たちがジロジロと見てくるのを避けながら、手早く商品を買い物籠の中に入れて、レジに並んだ。レジ袋を手に車に戻り、家に帰る。

 妻を殺害したにも関わらず、当たり前のように、日常生活を営めていることに驚いていた。彼女が専業主婦だったから、というのが大きいだろう。

 購入したものはお総菜、寿司、カップラーメン、酒だった。自室に上がると、ネットサーフィンをしながらそれを食べた。某電子掲示板のまとめサイトを見ながらだった。時折、部屋の中からは乾いた笑いが漏れた。

 食事をしたあとは午後十時頃までネットを続けて、それから風呂場でシャワーを浴びた。酒を呑みながらニュース番組を見て、眠くなったらソファに横になって寝た。

 覚醒したのは午前一時頃だった。

 麻友の部屋が二階にあり、いつも鍵がかかっている。大凡、久保木との逢瀬に使っていたのだろう。部屋の鍵の居場所は分かっていた。

 リビングに置かれている、麻友のバッグの中を探す。見つけた。小さな澄んだ水色のポーチ。つん、と鼻を突く化粧の臭いがした。その中に、部屋の鍵を見つけた。

 鍵を手に、二階に上がる。扉を解錠する乾いた音がした。

 部屋の中には、男性アイドルのグッズや商品などが、並べられていた。彼女が砂川に隠れて、ライブなどに出かけていたことは知っていた。

 そのグッズの一つ、アイドルの顔がでかでかとプリントされた、大きめのクッションを見つけた。これならば、的として最適だろう。クッションを五つほど手に持ち、一階に下りる。ダウンジャケットを羽織ると、家から出て、車に乗り込んだ。

 クッションを助手席に乗せるとスペースを圧迫するので、トランクの中に入れた。

 前に花火をした河原へと向かった。この時間帯になると、車が通行していることはほとんどなくなる。田舎故の利点だった。

 土手に車を止めると、クロスボウとボウガン、フラッシュライトなどを手に車から降りた。

 橋の下――街灯がポツンと一つだけ立っている殺風景な場所。そこにクッションを五つ並べて的にした。

 冷たい風が皮膚の上を流れていく。ひんやりとした感触があった。微かではあるが、虫の鳴き声も聞こえるような気がする。

 やはり、本物のクロスボウを手にすると、かなりのサイズだった。持ち歩くことを考えるといちいち分解しなければならないので、面倒に思えた。

 軍手を嵌めて、渾身の力でコッキングする。持参した矢を装填して、クッションに向けて構える。

 躊躇なく、引き金を引いた。なんの問題もなく、狙ったクッションに命中した。長弓ほど射程は伸びないものの、殺傷能力はかなり高いと言えるだろう。


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