第10話 図書室

 夕食の時間が来るまで、また少しだけ転た寝をした。本を読んでしまった以上、なにもすることがなかったからだ。予約をしてから、衝動的に旅館に来てしまったために、いつも持ち歩いているノートパソコンもない。

 夢の中では、荒浜と過ごした高校時代を思い出していた。

 同級生で同じクラスでありながら、ほとんど接点を持たずに過ごしていた日々。彼女は友達が少なく、いつも一人で本を読んでいるか、他のクラスにいる友達と話しているかだった。

 内気で引っ込み思案という性格ながら、容姿は学年でも一、二を争うほどだと、砂川は思っていた。荒浜は自分のルックスについては無自覚のようだった。

 クラスメイトの中に、女遊びが盛んな男子生徒が一人おり、名前を加藤邦夫といった。彼は一人本を読んでいる彼女の体を、頭から爪先まで舐めるように眺めていた。砂川はすぐに、加藤が荒浜を狙っていることに気付いた。

 ある日の昼休み、加藤が荒浜と仲良さそうに話しているのを見てから、砂川は焦り始めた。このままでは、あの女遊び好きな男に、荒浜を取られてしまう。なんとかしなければ……。

 彼女は昼ご飯の弁当を食べ終えると、いつも図書委員として、図書室に行く。砂川も手早く弁当を食べ終えようとした。

 箸を忙しなく動かしている中で、野太い声が砂川の名前を呼んだ。

「おい、砂川」

 名前を呼んだのは、荒浜をつけ狙っている加藤だった。

「なにか用か?」砂川はぶっきらぼうに応えた。

「お前、荒浜のことが好きなんだろ?」

「はあ?」こいつは一体、なにを言っているのだろうか。もしかして、バレていたのか。「なんでそう思うんだよ?」

「俺が荒浜と話していると、お前がいつも睨んでくるからだろ。違うのか?」

「ちげーよ。荒浜なんかに興味ないっての」

「あっそう。ならいいんだ。俺、荒浜と付き合うつもりだから」

「は? 付き合う?」

「ああ。俺、セックスも滅茶苦茶上手いし、あいつを満足させてやれると思うぜ」

「勝手にしろよ」

 荒浜と加藤がまぐわう姿を想像すると、とてつもない吐き気が込み上げてきた。こんな男に、彼女をやるものか。

 食べ終えると弁当箱をリュックに仕舞い、席から立ち上がった。

「また図書室か?」友人が尋ねる。

「ああ。返し損ねた本があるんだ」

 引き出しから小説を取り出すと、教室を出て図書室へ歩いた。

 図書室に入ると、カウンターで彼女が本を読んでいることが分かった。いつもの光景だった。

 加藤の言葉が、脳裏で明滅する。

 あんな屑野郎に、荒浜をやるものか。

 小説を返却ボックスに入れると、砂川は推理小説のコーナーの本を漁り始めた。なにか、使えそうな知識を拾えそうな気がしたからだった。

 本を探していると、偶然にも荒浜が声をかけてきた。ほとんど話したことがなかったので、砂川は驚いた。

「なにか、本を探しているの?」

「え?」

「熱心に本を見ているから……」

「……」

 本命の彼女を目前にすると、どうにもあがってしまい、なにも言えなくなってしまう。砂川がなにも言わずにいると、悲しそうな顔をして、もとのカウンター席へと戻ってしまった。

 それから、砂川は推理小説をペラペラと捲っていき、昼休みが終わる寸前に、目的の本を見つけた。その本では、道路にワイヤーを引いて、バイクを乗り回す不良を追い払った、というエピソードが書かれていた。

 これなら使えるだろう。砂川はそう確信すると、カウンター席にいる彼女に、本を差し出した。

 荒浜は無言でバーコードを読み取ると、砂川に手渡した。

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