第6話 クロスボウ
自宅に近づくにつれて、鼓動は早くなってきていた。額から脂汗が垂れてくる。
あの老婆は警察に通報すると言っていたが、本当にやりかねない。腕を掴まれた時に強く振り払ったため、怪我をしたなどとうそぶく可能性もないくはない。
角を曲がり、あと百メートルほどで家に辿り着く所まで来た。自宅前で待ち伏せしているのではないかと思っていたが、どこにも姿は見えなかった。きっと、家の中に戻ったのだろう。
家の敷地内に入ると、コロ助が柵の囲いに足をかけて、餌欲しさに鼻を鳴らした。
ポケットから鍵を取り出して、玄関の扉を解錠する。シューズラックの上に、商品の入ったレジ袋を置くと、もう一度、外に出た。
倉庫に近づき、扉を開ける。ブルーシートがなくなっているのは、麻友の死体を包み、押し入れに隠しているからだった。
柵の鍵を開けて、中に入る。擦り寄ってくるコロ助の頭を撫でてから、大型犬用のステンレス製食器を手に取り、柵の外に出る。倉庫の中にあるフード保存容器の蓋を開けて、ツンとキツイ臭いのする餌を、スコップで食器に取り分ける。食器を手に柵の中に入り、所定の位置に置いた。ウォーターボトルを補充すれば終わりだった。
「コロ助、お手。おまわり。ぐるぐる」
三つほど芸をさせたあとに、餌を与えた。
家の中に戻ると、しっかりと扉を閉めて、ドアノブを持って前後に揺り動かした。大丈夫。ちゃんと鍵はかかっているようだ。
シューズラックの上からレジ袋を手に取り、リビングの中に入る。購入した商品をテーブルの上に広げると、レジ袋をゴミ箱の中に放り込んだ。
水で濡れないように、両腕の袖を捲り、泡状石鹸を使って綺麗に手を洗った。
そこから数メートル移動して、炬燵のテーブル上にあるリモコンを手にして、壁掛けテレビの電源を点ける。チャンネルをニュース番組に変えた。番組では、二十代女性に流行しているスイーツについて取り上げていた。
番組の内容については特に興味はなかったものの、リポーターから街頭インタビューを受けている女たちの容姿や仕草に関しては、関心があった。
少し固めの椅子に腰かけて、仄かに温かいおにぎりやサンドイッチを咀嚼していく。口に少し物を含んだあと、缶コーヒーを開けて、口の中に流し込む。米とコーヒーが混ざって、表現しようのない味になった。飲み込む。
スイーツの話題のあとは、殺人事件や強盗などの暗いニュースへと変わった。まだ、麻友を殺害した件についてはバレていない。しかし、そう遠くない未来に、ニュース覧に載ることになるのは間違いないだろう。
全て食べ終えると、おにぎりやサンドイッチの包装をゴミ箱に捨て、空の缶コーヒーを水道で洗って、逆さまにして、カウンターの上に置いた。
湯沸かし器に水を入れている時に、テレビのスピーカーから、天啓のように言葉が耳の中に飛び込んできた。
「……男性がクロスボウの矢のようなもので撃たれた事件で、関与を疑われている無職男性の行方が分からなくなっています……」
クロスボウ。
久保木を殺害する計画の全容が、徐々にパズルのように組み上がってきた。
最初は久保木が経営している美容院に押し入り、包丁で刺し殺そうと考えていたが、体格では劣っているので、反撃される可能性もなくはない。クロスボウのような弓で遠距離攻撃が狙えれば、弱っているところを袋叩きにも出来るだろう。
あの男は俺の人生を壊した。拷問して、もっとも苦しい死に方をさせてやるからな。
二階に上がり、自室に入って、ノートパソコンを開く。通販でクロスボウを注文することにした。お届け予定日は明日となっている。旅館から帰ってきたら、すぐに事を実行しよう。
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