エピローグ じゃ、またね!

 「なーんて、そんな簡単には死ねないよー。もっとゆうくんのこと見てたいしねっ!」

 とある巨木の枝に立っている、希薄な存在の1人の少女は眼下で未だに泣き続けている青年を見て笑う。

 その姿は、本来もっと前に見るべきで、それがあれば今回のようなことにはならなかった。

「あの時ゆうくん、逃げたもんね」

 思い出されるのは少女の命の灯火が消える寸前。身体が冷たくなるのを感じながら目の前に立っている少年を見上げるとその少年は酷い形相でこちらを見て、そしてそのまま大声を上げてどこかへ走り去ってしまった。その際、自由のきかない少女の脇を通っていったことを忘れはしない。決してこれは恨みとかそういうのではなく、単に心残りなのだ。

「あの時、ゆうくん、私にバイバイって言ってくれればそのまま生まれ変われたのに⋯⋯べーだ!」

 青年に向かって舌を出す。でも、それに呼応するのは青年の朗らかな声ではなく、木々を揺らしながら吹き抜ける一陣の風だけだ。

 ──なんだか泣けてきた。

「⋯⋯あーもうみてられないよー。本当に行っちゃおっかなー」

 いたずらに大きな声でそう言うも、やはりそれに応える者はいない。

「ゆうくんの⋯⋯バカっ」

 それでも。

「頑張って思い出そうとしてくれてー!ありがとーねー!わたしー!すごい幸せだったよー!」

 溢れ出すものを堪えながら。応える者がいなくても。少女は叫ぶ。

「ありがとー!りなー!」

 その時、青年の、聞き慣れた声が聞こえた。まるで、少女の声に呼応しているかのような──。

 少女は堪えきれず雫が溢れてしまった。そしてそれを機に決壊が崩壊したかの如く溢れ出した。

 それじゃあ、いけないよ──と。

「⋯⋯こちらこそー!ありがとー!」

 それでも応えてくれたからには少女からも返事をしなくてはならない。しかし、その声には誰も応えない。


 時間は無情だ。段々と視界が薄らいでいくと少女は限界だと悟る。

「ゆうくん⋯⋯」

 見続ける。

「ゆうくん⋯⋯ゆうくん⋯⋯」

 いつまでも。

「ゆうくん⋯⋯ゆうくん⋯⋯ゆうくん!」

 最期のその一瞬まで。

 そして──


 その時がやって来てしまった。

 

 光に包まれ、目の前の視界が朧げになる。そこで少女は吹っ切れてどうせなら別れは笑ってやりたいと思った。

 ──そう、別れ。

 

「へへっ!じゃ、またね!」

 

 再会を願って。

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夏の日差しの下(もと)、一輪の花は咲き誇る。 タツノオトシゴ @tatsunootosigi

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