幕間 ごはん、いただきます。

 家に着き、まずは風呂に入り、今日の疲れを洗い流すと温かい食事が待っていた。

 僕が幼い頃に不慮の事故で母を亡くしてから毎朝、毎昼、毎晩ご飯を作ってくれてたのは父だった。その味は決して良くはなかったが、しかし、温かみがあった。それだけで僕は十分だった。


 〇〇〇


 僕は、母の味を知らない。どんな料理を作ってくれていたのか、僕が自意識を持つ前に、母は死んでしまった。

 小学校に通うようになり、昼は給食を食べるようになると、段々そのことが頭から離れていき、いつの間にか気にしなくなっていた。

 『ごはんは出てきて当たりまえ』

 そんな風にさえ当時は思ってきていた。

 

 中学に上がり、父から母が毎日僕に向けて言っていたという言葉を教えてくれた。

 『この生活を当たりまえだと思わないこと』

 当時はただ冷酷な言葉にしか聞こえなかったが、勉強していくうちに世界では飢えに苦しんでいる人がたくさんいるということを知った。その時にようやく僕は母の言葉の真意に気づけた。

 そして、そんな母の作る料理を食べたいという気持ちを抱いてしまった。

 

 反抗期になり、父との揉め合いが多発するようになり、その際につい口走ってしまった。

「おまえの作る飯なんかうまくねーんだよ!母さんの作る料理を出せ!」

 その日、父は晩ごはんを作ってくれなかった。

 今思えば当然のことだ。今まで一生懸命男手ひとつで僕を育ててきた父を侮辱する言葉だった。

 

 反抗期が終わり、平穏な日々を送るようになると今度は別の言葉を父は僕に与えた。

「もっと食って、もっとおっきくなって、立派な大人になれよ」


 〇〇〇


 ある日、食料が底を尽きた。

 大食いになりつつあった僕にとっては致命傷だった。何せ、朝、昼、晩、すべてのごはんを抜くことになってしまったからだ。

 ごはんがないということがこれほどにも苦痛だとは思ってもみなかった。

 翌日にはちゃんとちゃぶ台の上に盛り付けられた食器が並んだからよかったが、僕はそこで1つ学習した。

『ごはんを毎日食べれるのは、当たりまえのことではない』

 それまで、母の言葉を蔑ろにしていたのだと気付かされた日でもあった。

 

 それからというもの、僕は毎日食卓に出されたものは綺麗に片付けるというのが当たりまえになっていた。呼び方もいつからか『飯』から『ごはん』に変わっていた。

 安定した食料の供給があるお陰で少しは贅沢できるが、そんなものはいらない。むしろ、貧相なままでいい。白い米があって、味噌汁があって、主菜、副菜がバランスよく出てくる、そんな普通の食卓で十分だ。

 いつ、底を尽きるかわからない食料。それは僕に限らずどこで起きてもおかしくない事案。

 望んだ味は出てこず、ただ毎日お世辞でも美味いとは言えないごはんを食べる。

 それでも、ごはんの食べれる喜びと感謝の念を忘れず、僕はごはんを食べる前に必ず言うことがある。


「ごはん、いただきます」

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