第8話
これは旬也の夢である。
その夢の中で旬也はたくさんの男たちに追われていた。
なぜ追われているのか、どこへと逃げているのかは自分でもわからない。
しかし、旬也は逃げていた。
男たちはやがて旬也を追い詰めていく。
追い詰められた旬也は男たちに囲まれ、逃げ場を失う。
男たちは金槌を持っている。
金槌が振り下ろされる。
直後に頭に激痛が走った。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
夢の中の出来事なのに痛みがあった。それはもちろん、その痛みが現実のものだったからだ。
旬也は耐えられなくなり、ベッドの上でのたうち回ろうとする。しかし現実の旬也は手足をベッドに固定されていて身動きができない。
「うわああああ。助けてくれ! 助けてくれ! 誰か! あああああああああああああああ。痛い痛い痛い痛い痛い! ああああああああああああああ。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。ああああああああああああああああああああああああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
その痛みは体中を針で串刺しにされたような痛みだった。逃げ場のない痛みだった。これが腹痛だったら体の体勢を変えたら痛みも和らいだりする。しかしそういった緩和のための動作は一切許されない。何も出来ない。本当に逃げられないのだ。
旬也は医者の言った言葉を思い出す。
『我慢しろ』
「ふざけるな! ふざけるなよ! ふざけんな! 痛い痛い痛い痛い! 痛いんだよ! 我慢できるかああ! どうにかしろ! どうにかしろ! 助けろ! 助けてくれ! 痛いって言っているだろうがああああああああああああああああああああああ! 死ぬ死ぬ死ぬ。死ぬ! こんなの死ぬに決まってんだろ! 助けろ! 助けろよ!」
しばらくするとその声を聞きつけた白衣の女性がやってきて旬也に何かしら注射を打った。そのお蔭で旬也はしばらく眠ることが出来た。痛みを忘れることが出来た。
無限とも思える激痛の地獄の中で旬也は、寝ては覚めての波を五、六回繰り返した。
*********
「お元気ですか」
目が覚めるとそこにアンナが居た。金髪が揺れているのをみてすぐにわかった。
「あ……アンナか」
「もう随分落ち着いたようですね」
その時、やっと体中の激痛が引いていた。
「三日三晩。あなたは激痛に耐えていたのです。よく頑張りましたね」
「先にあんな物があると知っていたら絶対に、ロボット殺しになんて強力はしなかったぞ。何だったんだ。あれは。確か、『C-ブラッド』とか言っていた……」
「どこでそれを聞いたんですか?」
「医者っぽい連中が言っていたんだ。君のお墨付きをもらったってな」
「なるほど、そうですか……」
「そのC-ブラッドってのがアンナの強さの秘密なのか?」
「ええ、そのとおりです」
「俺もそのC-ブラッドってのを打ち込まれたんだよな? じゃあ俺ももう、アンナみたいにはちゃめちゃな動きが出来るってことでいいのか?」
「それは、どうでしょうね」
アンナの言い方はとても回りくどかった。
まるで旬也がまるで何も分かっていない子供であるかのような見下した言葉だった。少なくとも旬也にはそう聞こえた。
それに疲れていて苛立っていた。なにせ三日も激痛の地獄の中に居たのだから。
「なんだよ。わかりやすく言ってくれ。説明していないのに。俺の知識不足を責めるような言い方をするなよ」
アンナは、「それはそうですね」とでも言わんばかりに、旬也の言っていることに納得したようだった。
「C-ブラッドは、確かに貴方の想像している通リ、人間の身体能力を引き上げる血液型物質です。しかしC-ブラッドを打ち込まれた人間が全員超人的な力を得るわけではない。条件があるのです」
「激痛に耐えること以外にか?」
「ええ、あれはただの副作用です。確かにつらいですよね。私のときもそうでした。私も一週間ほどはずっと寝ていました。ただ、麻酔が効きすぎて、痛みをほとんど感じることなく終わっていましたけれど」
「羨ましいな」
「C-ブラッドによって超人的な力を得るためには、C-ブラッドに適合した人間でなくては行けないんです。ただ、それは打ってみた後でないと適合しているかどうかは分からない」
「はあ? じゃあ俺はただ痛い思いをするだけして、強くなれなくて、はいさよなら、っていうこともありうるっていう話か? 冗談じゃないぞ!」
旬也は起き上がろうとしたが、ベルトで体を固定されていて動けなかった。
正直(いい加減外せよ……)と思ったが、今アンナに外すことを要求しても絶対に外してくれないだろう。自分に対して怒りを向けている人間を解放する行為に何のメリットもない。
「まず第一に、適合しているかどうかを見極める必要がある。その上でさらに適合者たちはC-ブラッドから得られる能力を使いこなすための訓練をしていくんです。つまり今は、あなたの中に種子が放り込まれた状態なんです。これが発芽するかどうかも分からない。そして発芽したとしても成長し花を咲かせるためには並大抵ではない訓練が必要となる……」
「なるほどなるほど。つまり俺はまだ、なんにも手に入れていないって言うわけか。あれだけ痛い思いして、これからがスタートラインって言うわけか。ははは笑わせるぜ! 冗談じゃねえよ!」
あれだけ痛い思いをして、それがまだ始まりにも過ぎないっていうのなら、それはもう冗談というか人を馬鹿にした行為だ。
「その反応は至極まっとうです。この話を聞いて、約八割の方々が同じ趣旨のことを言います。実際さらにその内の九割が適性試験、訓練を脱走しました」
「だろうな。そいつらはまともだよ」
「だからこそソフィアはこの首輪を作ったのです」
「…………う」
(反論できねえ……)
と、旬也は思った。せっかくC-ブラッドを打ち込んだとしても、その殆どが逃げ出してしまったのでは何の意味もない。逃げ出したやつの中に『発芽』する可能性があるやつもいるし、残った人間が『発芽』しない可能性もある。より多くの人間を残したいと思うのは当然だ。
(…………でもなんとなく負けたッて言う感じはするよな。なんつーか。この首輪を着けさせられた時点で負けだな)
「私としても心苦しいのです。ですがお願いします。どうか、最後までやり遂げてください。貴方にはきっと適正があります。私はそう信じています」
アンナはベッドの端に両手をついていった。その顔、その胸、その目をはっきりと、旬也は網膜に焼き付ける。
アメとムチで、すべてはムチのようなものだったがアンナとの会話だけはアメのように感じられた。
しかし旬也は悪態つく。
「反射神経があるからってのが、その理由なんだよな。適当じゃないか? そんなの。何の根拠にもならない。C-ブラッドっていう薬みたいなのが合う人、合わない人って、反射神経とか能力の話じゃなくて、体質の問題なんじゃないのか?」
「私は、そうは思わないんです」
「じゃあ、どう思うんだ?」
「C-ブラッドの適性は、体質なんかではなく、脳の『使い方』を理解しているかどうか、だと思うんです。頭のなかにある『脳の壁』。それを破ることが出来る人がC-ブラッドに適合できる人なのではないかと、私は思うんです。どうですか? 心あたりはありませんか?」
「……………………」
旬也には当然心当たりがあった。
――彼は一瞬先の未来を見ることが出来た。
――俗に言うゾーン。
――だからこそ彼はフィフティーンファイターの中で
――神として生きることが出来たのだ。
「ないのなら、適当なことを言って申し訳ありませんでした、と謝るしかありません。しかし、どちらにしろ、もうすぐです。もうすぐ『適性検査』が始まります」
「適性検査? それはどんなことをするんだ? 出来たら痛くないやつを頼みたいんだが」
アンナは旬也にそう聞かれて、いつもどおり優しく微笑んで言った。
「私にも聞かされていません。でもどうやらソフィア・テレシアの考えた『新しい方法』らしいですよ。多少、心して挑んだほうが良いでしょうね」
(この爆弾首輪を作った張本人が考えたやつか)
旬也は頭のなかで『ここから脱出したい』という考えと『ここから出ていきたい』という考えが、まるでシーソーのように揺れていた。
(数十億の権利は魅力的だが、これ以上辛いのは勘弁だな…………)
そう考えたが、いくら考えたところで結局、(でも結局首輪があるから逃げられないんだよな……)というところに帰着するのだった。
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