第7話

 そこは砂漠の真ん中に飛行場を作ったような場所だった。遠く、そうここから走って十五分ほどの地点までアスファルトがあり、その奥には砂漠が広がっている。砂漠地帯の上には黒光りする板のようなものが見えた。恐らく太陽光発電装置が設置されているのだろう。さらにその遠くには地平線が見えている。


「暑いな」


 外はうだるような暑さだった。影を作るものがヘリコプターしかなかった。


「こちらです」


 と言うアンナの後ろに付き従って歩く。太陽の光線が針の形に具現化し肌を突き刺しているのではないか、と錯覚するほどだった。「暑い」というよりはもはや「痛い」という感覚だった。


 飛行場となっているアスファルトには無数の白線が引かれていた。二人は歩行者用レーンに設置されている幅五十センチほどの細長いレーンを歩いていた。三分ほど歩いてアンナは立ち止まった。


 ピピという小さな電子音が聞こえ、地面が開き、地下へと続く階段が姿を表した。その扉の動きは自動ドアをそのまま地面に平行に置いたらそんな動きをするだろうな、という動きだった。


(建物がないのはそういうわけか……)


 組織のアジトはどうやら地下に広がっているようだった。そこから旬也とアンナは二人で十五分ほど階段を下り続けた。一体どれほど地下へと潜るのか旬也は訝しんだ。彼はこれだけの長い上下移動をエレベーターなしにしたことはなかった。


「エレベーターもあるのですが、今回は我慢してください」


 アンナは旬也の心を読んだようなことを言った。


 階段はとても薄暗かった。幾つかの電灯は点滅を繰り返していた。

 始めの一分はまっすぐな階段だったがいつしかその階段は螺旋階段になっていった。遠心力をその身に感じながら、残りの十四分間ひたすら地下へ地下へと下った。

 階段を下る途中で疲れて思わず体重を内側の壁に預けたようとした。手が壁に触れたときザラリ、という音がした。手を見るとホコリまみれだった。

 階段が終わり、踊り場に出た。旬也はそろそろ座りたかった。それに手を洗いたかった。歩いて汗をかいた体を洗いたかった。


 階段が終わるとそこには両開きの閉ざされた扉があった。その扉は辺りのコンクリートによく似合う鉄製だった。見るからに頑丈そうだった。あらゆる外敵の侵入を許さないと自己主張していた。


「神田旬也さん」

「ん?」

「私はここまでです。これから先は、あなたお一人でお進みください。道は単純で、真っ直ぐの一本道です」

「ああ。そうなのか。なあ。このさきには何があるんだ?」

「貴方の未来があります」

「いや、そういうことを聞いているんじゃなくてな……」


 アンナは「ふふ」と笑った。


「分かっていますよ。この先にあるのは、貴方の居住スペースです。ここからは別のもののから指示がありますので、それに従ってください」

「ああ、分かった」

「戦闘班に配備されたとしたら、またお会いする機会もあるでしょう。私はそう確信しております」

「ああ、じゃあ、またな」

「ええ。それでは、またお会いしましょう」


 そう言って二人は別れた。アンナは来た階段を後ろへと引き返していった。

 それを見送っている内にゆっくりと金属製の扉が開き始めた。扉は厚くその幅は二十センチは下らなかった。

 扉が完全に開き、旬也は真っ直ぐ歩き始めた。アンナの言った通リそこは一本道だった。階段ではなく、ただの道だ。辺りは階段と同様、薄暗い。

 七歩ほど歩いたところで壁にぶつかった。目を凝らしてみてみるとそれは壁ではなくて、扉だった。その扉はまるでシャッターの様に上から下へと降りていた。上に引き上げて見てもビクリともしなかった。

 自動で開くセンサーでもあるのかと思いその辺を彷徨いて、体を動かしてみたが反応がない。

 しばらく待てば何かしらの応答があるだろうと思ったがそれもなかった。


(仕方がない。アンナに聞いてみよう。今から走って追いかければ追いつくだろう)


 そう思って後ろに引き返そうとした。

 しかしそれは不可能だった。


「……は?」


 後ろを見ると、そこには前方と同じ様にシャッター型の扉が降りていた。旬也は何かの冗談だと思い、その扉を動かそうとしてみたが、これも全く動く気配を見せない。


「…………閉じ込められた?」


 独り言を言い、どうやって脱出するか、そもそもどうして閉じ込められたのか考え始めた。

 同時に。

 空気の匂いが可怪しいことに気がついた。

 すぐに手で鼻口を覆ったがそれはあまり意味をなさなかった。

 やがて体に異常を覚える。


(こ、これは……催眠ガスか……? なんで?)


 彼は、今、目の前で行われていることが全く理解できなかった。

 この待遇は何かの間違いだと思った。

 

(アンナ……あいつ。俺のことを騙したのか…………?)

(ここの……施設のやつは…………やっぱり信用でき…………ない)

(眠っちゃ………………駄目だ。意識を………………保たなくては……………………………………)


 彼は必死に眠気と戦ったがしかし無駄だった。

 抵抗むなしくすぐに彼は眠りに落ちた。


 *********


 旬也は目を半開きにした。

 随分と眠ったような心地だった。

 意識がまだぼんやりとしていた。今ここに居る自分が夢なのか現実なのか分からなかった。それにそんなことを考えもしなかった。

 考えることが出来ないほど、頭は霞がかっていた。


「検体の状態は?」

「健康状態に問題はありません。薬依存もなし、目立った病歴もありません」


 そこは手術室によく似た場所だった。目の前には眩しいほどのライトがあり、周りでは白衣を来た賢そうな人間たちが五、六名ほど集まっていた。


「脳波に異常あり。意識レベルが半覚醒に移行しています」


 一人の男がそう言った。


(ああ、俺の意識があるんだから、そりゃあそうだろう)


 旬也はなんとなくそう思った。

 彼らの言っている検体、というのはきっと自分のことに違いない。

 

 旬也は寝返りを打とうとした。

 しかしそれはできなかった。彼の手足、それに首は丈夫なベルトとともにどうやらベッドに拘束されているようだった。


 ベルトだけではない。


 旬也の腕には注射針が打ち込まれていた。その針はチューブへと繋がっていた。そのチューブがどこに繋がっているのかは、首を動かせない旬也からは見えなかった。


 口には空気を送り込むためのマスクが着けられていた。


(何が始まるんだ……?)


 旬也はこの異様な雰囲気にやや怯えた。まるで己の改造手術でも始まるようなオーラがそこにはあったからだ。というより見ず知らずの他人が大勢いる中で拘束され、恐怖を感じない人間の方がどうかしている。


「運が悪いな。君は」


 一人の初老の男が言った。場の雰囲気から察するに彼がここの指揮者だろう。


「これから君に投与する薬物は、君に激痛をもたらす。無論我々も鎮痛剤や麻酔で可能な限り君の生存をサポートする。しかしその痛みはそんなもので緩和できるものではないんだ。その上今、目が覚めてしまったということは、君はどうやら麻酔が効きにくい体質のようだ。きっと常人よりその痛みは強いものになるだろう。私から君に言えることは、『我慢しろ』ということだけだ。ただ、痛みは永遠ではない。まる一日ほどで引く」


「…………俺に…………何をしやがるんだ」

「喋ることが出来たとは驚きだ。――おい。麻酔の増やしてやれ。このままではファーストフェイズで死んでしまうぞ」

「俺の…………話……を聞……け」


 旬也はマスクから気体が吹き出てくるのを感じた。すぐにそれが麻酔のためのガスだということをが分かった。意識が少しづつ持って行かれるのを感じたからだ。


「…………二分後に注入を開始する」


 薄れ行く意識の中、初老の男が言ったのを聞いた。


「こいつにはアンナ嬢のお墨付きを貰っている。……『C-ブラッド』を遠慮なく打ち込め」


(C-ブラッド? …………アンナ?)


 彼にとって全ては疑問でしかなかった。今から注入されるのが毒薬でないことを祈るばかりだった。


 *********


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