第6話
旬也は自分の首にあるチョーカーを指差した。
同時にアンナの言葉を思い出す。
『ただの根性論ではロボットとは戦えない』
「この首輪は、飼い犬が厳しい躾から逃げ出さないためのものなんだろう?」
「半分正解であり、半分は不正解です。確かに訓練は想像を絶するものがあります。しかしそのチョーカーの使い道はそれだけではありません」
「爆弾以外に使い道が?」
「仕込まれているのは爆弾とGPS発振器、あとモーターです。発振器の方は任意でオフにすることも可能です。モーターは首を締めるために使用します。これが主として訓練中の怠惰の抑制に使われます」
「は? 今なんて言った? この首輪、締まるのか?」
「はい」
「ふざけんな……」
旬也は力なく項垂れた。
一瞬チョーカーに触れたが、『外そうとすれば爆発する』という言葉を思い出し、触れるのを辞める。
爆発は命を奪う。これはもちろん不愉快だ。しかしせっかく訓練した人物を殺してしまっては組織側の人間にとっても損失だろう。もしもアンナが不祥事を起こしてしまったら、アンナの首を爆破することになる。一か零かの取引には根本的な弱点がある。きっとだからこその『締め』なのだ。じわじわと命を奪うほどではない苦痛を装着者に強いるのだろう。
もはや逃げ場はない。
多分、地球上どこに逃げ隠れしてもこの首輪の爆破は可能だろう。
文字通り旬也は組織に命を握られているのだ。
「ああ、触ったぐらいで爆発するものではありません。刃物などで無理やり破損させたりしない限りは大丈夫です」
「これっぽっちも大丈夫じゃねえんだよなあ」
「何か、問題でも?」
「いや…………」
旬也はなんだか退路を経たれたような気持ちになった。
この気持は例えるなら、小さい頃誰しも味わったあの感情に似ている。
宿題をやろうやろうと思いながらゲームをやっている時母親に『ゲームばっかりしていないで宿題もしなさい』と言われるようなものだ。自発的にやるのならまだしも他者からやれといわれたことはどうしてもやる気が削がれてしまう。
冷静に考えれば、他者からやれと言われようと自分でやりたいからやるのだろうとそこに客観的な差はないのだが旬也はなんだか落ち込んだ。
もっと簡単に言うのであれば……
「なんか、アメとムチのムチばっかりだなあって思っただけだ」
「それならご安心ください」
「?」
「戦闘員に成れば、組織内のあらゆる施設あらゆる設備の使用権が与えられます。言わば特権階級です。時価総額として年間数十億の権力が貴方のものとして認められます」
「数十億だって!? 十数億ではなく?」
「はい。なにも驚くことではありません。恐らく全世界で見ても、ロボットに一対一として対抗しうる戦力を保有しているのは我々だけです。このままいけば人類は滅ぼされてしまうでしょう。ならばロボットの侵攻を止め、ロボットを討ち滅ぼし得る戦闘員は、今ある人間界のすべての財産を得る資格がある」
「マジか……それは凄いな」
旬也はそれだけしか言えなかった。
心の中に合った負の感情や文句は全て消え去り、今はただ自分に与えられた幸運に感謝するばかりだった。
ただ、『すべての財産を得る資格がある』というのは違うような気がした。それなら軍隊が国家の全ての予算を持っていくことが出来てしまうからだ。しかし言葉の綾だ。突っかかることはしなかった。
「その訓練っていうのはどんなことをするんだ?」
「訓練の内容は私にも分かりません。その時々で変動します。ふふ。ある意味ではソフィア・テレシアの気分によって変わると言っても良いでしょう。あの方の思いつきによって私達組織の人間はずっと振り回されているようなものです」
「その、ソフィアっていうやつは、どんなやつなんだ。変人? 常人? それとも怪人か?」
「そうですね。私は彼女と接する機会がとても多いので、彼女の色んな面を見てきました。ですから、一言でこうだ、と言い表すことは出来ません。私が思うがまま言ってしまうと誤った印象を与えてしまうかもしれないですし、それは自分自身の目でお確かめになってください。ただ、まあ、悪い方ではありませんよ」
「ふうん」
彼は他に質問ごとがないかをしばらく考えた。
衣食住については数十億のものが得られるのだから問題ないだろう。
組織についても人数が五万人というのだからきっとそれ相応の大きな組織に違いない。そのアジトに着けばきっともっとより多くのことが分かるだろう。
アンナの強さの秘密についてはもう聞いた。
なんだか聞きたいことはあらかた聞いてしまったような気持ちになった。
実際は分からないことだらけだが、質問するにしても時間が足りなさすぎる。
ただ、あと一つだけ。
「俺の命の危険ってどれぐらいある? 訓練と実践において」
「…………聞かないほうがいいかもしれませんが、それでも知りたいですか?」
「もうほとんど答えを言っているような気がするな。それ」
「どちらも死ぬ気でやらなくては死んでしまいます」
「死ぬ気でやれば死なないのか?」
アンナは「ふふふ」と口元に手をやって微笑んだ。
彼女は旬也の問に答える代わりにこう言った。
「ソフィア・テレシアはよくこういったことを言います。『ロボットに勝てなくては人類はいずれロボットに殺される。死ぬのならせめて研究の糧となって死ね』と」
「とんでもないやつだな」
旬也はげんなりして言った。
これからの生活が一気に思いやられるものに変貌した。過酷な訓練、それも首輪によって逃げ場のない訓練である。とてもじゃないがやってられない。
しかしもうどうしようもない。
ここは雲の上の上空。
(もう成るように成れだ)
それからはなんだか眠くなってしまった。
初めはプロペラの音がうるさくてなかなか眠れなかったけれど、それにもいつしか慣れてしまった。
*********
こうして十二時間のフライトはほとんど寝て過ごしてしまった。目を開けると日差しが目に飛び込んでくる。旬也はあまり良く眠れなかった。となりにアンナという女性がいることはあまり睡眠に良い影響を与えなかった。
アンナは西洋風のの綺麗な女性だった。彫りが深く、肌は隣に座ってみても艷やかだった。そんな女性が隣りにいたのだから、なんとなく旬也は落ち着かなかった。
「どうやら着いたようですね」
「ん…………ああ。みたいだな」
旬也は背伸びをしながらいつの間にかかけられていた毛布をどける。プロペラの音が段々と小さくなっていた。窓から辺りを見渡すと既に着陸した後だということを知った。
アンナがドアを開けた。
「行きましょう」
旬也は頷いて、彼女の後に続いた。
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