第5話

 それからはヘリコプターで十時間程のフライトだった。途中二回ほど着陸し給油した。その十時間の内に旬也はアンナと会話を交わした。


「我々は、天才科学者ソフィア・テレシアの元に集まった。対ロボットのための戦闘集団です。組織の規模は非戦闘員が約五万人ほど。常用の戦闘員が『現状』三人です。組織本部はオーストラリア大陸に存在しています」

「戦闘員が三人、というのはあまりに少なすぎやしないか?」

「もちろん。その通りです。ですから今戦力の増強を図っているところです。ロボットと戦うのには、誰でも良い、というわけではないものですから」

「君はそのうちの一人なんだろう?」

「ええ、そうです」

「しっかし、大変だな。たった三人じゃロボットと戦えるわけがない」

「一人の力が一騎当千に値すればロボットとの戦いも不可能ではない、というのが組織のトップであるソフィアの考えです」

「? 科学者が組織のトップなのか。意外だな」

「彼女の頭脳は卓越している。組織運営を行う人間は他にもいますが、全ての意思決定は彼女によってなされます」

「馬鹿馬鹿しい考えだ。人間がロボットに勝つなんて、そんなこと、子供の妄想に等しい」

「ふふ」


 アンナは軽く微笑んだ。


「確かにそうかもしれません。しかし昔の――そうですねニ〇〇〇年代に生きた――人々はこう考えました『ロボットが人間に勝てる訳がない』と。貴方の言っている『人間はロボットに勝つことが出来ない』という常識はここ最近になって出来たものです」

「それがどうだって言うんだよ。事実、人間がロボットに勝てるわけがないだろう。ボードゲームだって、それ以上の戦略的ゲームだって人間はロボットに勝つことは出来ないし、それに動力的な問題だったら言わずもがな、だ。モーターの動力は筋力より強い」

「その通りです。よくご存知のとおりです。しかし、それは誰かの受け売りですね」

「それは……」


 旬也は言葉に詰まった。確かに彼の言っていることはただの受け売りだった、というよりこれは小学校で真っ先に習うことだった。

 人間の生活はロボットに頼りっきりになっていた。

 例えば料理一つとってもそれは顕著だった。

 まず素材は完全自動化された畑や農場でロボットが出荷する。

 その出荷された素材を工場のロボットが加工する。小麦粉を麺にしたり、パンにしたりする。

 それが自動運転の自動車によって運ばれ自宅へと届く。

 在宅の家庭用二足歩行ロボットが調理を行い見栄えを整え食卓に運び出す。

 その上。

 そのロボット自身も完全自動化された工場で生産されているのだ。ロボットはロボットによって作られていた。

 人間は本当に何もしなくてよかった。

 例えば紙を切るとき手で切るよりもはさみできる方がキレイに切ることが出来る、それぐらいロボットは人間にとって信頼できる道具になっていた。


「人間がロボットに勝てなくなったのではない。人間がロボットに勝つ必要がなくなったのです。計算機があるのにわざわざ複雑な計算を暗算でする人はいません。しかし今、ロボットに『人間殺害』の命令がくだされている以上、我々はロボットに勝たなくてはいけない。その必要があるのです」

「ははっ。ロボットに勝つ『必要』があれば人間はロボットに勝つことが出来るっていいたいのか?」

「ええ。その通りです。少なくともソフィア・テレシアはそう考えているでしょう。その考えに賛同したのが我々なのです」

「馬鹿げた考えだ――と一蹴していただろう。もしも俺が君にロボットから助け出されていなかったとしたら。君の戦闘は俺の常識を一変させるだけの力があった」

「有難うございます。しかし、あの戦いが全てであるとは思っていただきたくはないのです。先の戦いに投入されたロボットはRB-101、初期の戦闘型ロボットです。元々一部の治安が悪い地域の暴徒鎮圧用に開発されていたものを、敵ロボット兵団が、火力を付け加える形で改造したものです。暴徒鎮圧として使用されていた時には殺傷力のある銃砲は装備されていませんでした」

「つまりさっきの戦いは相手が弱すぎたっていいたいのか?」

「もちろん普通の人間が戦って勝てる相手ではありませんが、しかしロボット軍を相対として見ると、その通り、あれは汎用型の雑兵に過ぎません」

「そうなのか……」


 旬也はその話を聞いて一つ考えたことがあった。

(ということは、もしかしてさっきのロボットって、もしかしたら俺が戦っても勝てたんじゃね?)

 ロボット=最強、という等式が彼の中で成り立っていた。だから彼は勝手に部屋の隅で身を抱きかかえるようにして怯えているしかなかった。

(だが、もしかしてロボット=最強っていうのが、俺の勝手な思い込みだったとしたらどうだろう。意外と勝てるんじゃないか? アンナの言うとおり、俺にはゲームで培った反射神経がある。そうだ、そうだよ!)

 彼は脳内に自分の部屋とそこに侵入するロボットを再生させた。

 ロボットは自分に銃を構える、旬也はそれを持ち前の反射神経でピュンピュンと躱す。

 そう考えるとなんだかできそうな気がしていた。

 が。

(ああ、やっぱり駄目だ)

 脳内でもロボットは自分が躱したところに先回りして銃を打ち付けていた。やはりスピードではロボットに勝つことは出来ない。

(肉体的なスペックが根本から異なっている)

 旬也は思い出す。

 アンナが移動した跡にできた床の凹みを。

 ヘリコプターへの跳躍を。

(こいつの一体どこにそんなパワーがあるのだろうか)


「アンナ。君はどうしてそんなに強いんだ?」

「それについて真っ先に聞かれるかと思っていました。ふふ。少し意外です」

「さっきの俺の部屋で見せてくれたあの動きはとても人間のものとは思えない。今の君はどこをどうとっても普通の女の子にしか見えないのに……。俺は音しか聞いていないが、君は床だけでなく天井も蹴って移動してたね」

「はい」

「有り得ない。君は魔法使いか、それとも妖怪なのか? あるいは一子相伝の武術を受け継いだ達人なのか?」

「なんだか面白いですね。そういうの。実際のところ、その全てだと解釈していただいても結構です」


 旬也はアンナが冗談を言っているという事に気がついた。

 始まりから最後まで丁寧な言葉づかいを絶やさない彼女に対し旬也は始め、無機物で堅物だという印象を抱いていた。しかし話してみると上品に笑うとても気立ての良い女性だということが少しづつ分かってきた。

 旬也もつられて笑いながら言う。


「冗談なんかじゃない。俺はある程度真面目に言ってるんだ。だって。ありえないだろ。ロボットが最強であるという常識は少し揺らいだが、人間があんな動きができるはずがないっていう常識は俺の中でまだまだ健在だ。だからさっきのは夢か幻かって思ったほうがまだ健全だとすら思えるね」

「私の身体能力が向上した方法については詳しくお教えすることは出来ません」


 アンナはきっぱりと言った。


「何故かと言うと、言ったところで信じて頂けないからです。実際に肌に触れ、体験して頂くしかない。ただ一つ言えることは、この身体能力は先天的なものではない。あくまで後天的なものだと言うことです」

「後天的? 生まれ持ったものではなく、特別な訓練によって体得したものだということか?」


 アンナは頷いた。


「しかし誰にでも身につく能力だと言うわけではありません。一部の才能ある人間しか『ロボットと張り合う』レベルに到達することは出来ない。だからこそゲームを用いてテストをさせて頂きました」

「だが、あれはあくまで反射神経の話だろう? 俺よりももっと肉体的な素質がある――例えば西洋人みたいなヤツのほうが適任じゃないか?」

「もちろん。その方式で進めているチームも別に存在しています。これは私のやり方です。そして私は自分のやり方こそが正解であると信じています」

「ふうん。なるほど。大体分かってきた。つまりその『身体能力向上のための訓練』っていうのがものすごくきついんだな」

「…………」

「何か返事をしてもらえないか?」

「どうしてそう思われたのですか?」

「これだよ」

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