第3話
『初めまして神田旬也さん』
モニター上に表れた女性は金髪碧眼の外国人だった。高画質モニターで見てもシミひとつないきれいな肌をしており、チェックの襟付きのシャツを着ている。
モニター上には彼女の胸より上だけが映し出されていた。
「誰だ。お前は」
旬也は応えた。
『貴方は今、B127地区でのロボット侵攻により命の危険を感じている。違いますか?』
モニターの中の彼女は真っ直ぐとした視線を送っていたが、それは見当ハズレのところを向いていた。旬也はモニターからみて左側の壁にもたれかかっていたからだ。モニターの上部にカメラが取り付けられており、向こう側からはこちらの姿は見えていない、と旬也は想像した。
「ああそうだ」
だからどうした!、と旬也は言いたかった。モニター上の女性は名乗ることもせず、ただ現状を確認しているだけだ。それ以上のことは彼女には出来ないだろう。
しかしそれでもいいと思った。今の今まで旬也は死のうと考えていたのだから。
『恐らく、避難施設へと逃げようとしているのでしょうけれど、それを中断していただけませんか?』
「俺に死ねっていうのか?」
旬也は心の中で笑いそうになりながら言った。
今まで死のうとしていた人間のセリフだとは思えなかったからだ。
画面の中の女性は首を横に降った。
『いいえ。そうではありません。私は貴方を救おうとしているのです。そのためには、貴方に、その場を動いてほしくはない。今、私はロックヒルズに居ます。そこにいる多くの人間を助け出し、その後、貴方のいるアパートに向かう予定です』
「それは有り難いね。早く助けに来てくれよ」
旬也は冗談交じりに行った。救う? 助け出す? それは一体何の冗談なのだろう。ロボット相手の戦いにおいて人間が勝った話などほとんど聞いたことはないというのに。
『しかし、貴方を救い出すには一つだけ条件があります』
「条件?」
『ええ、この条件を飲んでいただかなくては、私は貴方を助ける意味がない』
「人が人を助けるのに意味を見出すタイプなんだな。君は」
『貴方を助け出すための条件は簡単です』
女性は旬也の言葉を無視して言い続ける。
『私達とともに、ロボット軍と戦って頂きたい。命と、人間としての尊厳をかけて』
その言葉を聞いた時旬也は、すぐに反応できなかった。
ロボットと戦うということがあまりにも無謀に思えてならなかったからだ。
アパートの旬也の部屋のドアが破られた音が聞こえた。
*********
『初めまして神田旬也さん』
モニター上の女性が再び同じことを話し始めていた。それを見て旬也は先程の映像がただの録画で、自分はただの録画と会話を重ねていたということを悟った。しかしそんなことはどうでも良いことだった。
アパートのドアが破られた音を聞いて旬也は思わず、奥行きの厚い本棚の影に隠れた。自分でも生きていたいと思う心が残っているのが意外だった。
本棚の影と、部屋の角で囲われたその場所はドアから入ってきてちょうど死角になる場所にあった。
生きようと思ったのはきっと……
(あの女のせいだ)
そう思いつつも、旬也の体は生きるために色々な行動や思考を巡らせ始めていた。
ロボットに対して少しでも身を隠し、『この部屋には誰もいない』ということをロボットに認識させれば、「人々を殺すこと」を命令として与えられているロボットから――あの殺戮マシーン――から逃れることが出来るかもしれない。
ロボットの足音とモータの駆動音が確かに聞こえた。ロボットの足音は四つだった。二足歩行ロボットだとしたら二体の計算である。旬也はそれを確認する勇気を持っていなかった。
『貴方は今、B127地区でのロボット侵攻により命の危険を感じている。違いますか?』
録画による女性の声が聴こえ、
(ああ、そのとおりだよ!)
と旬也は叫びたい思いにかられた。
(くそっ。さっさと出て行け。ロボット共!)
心の中でそう呟く。
しかし、ロボットは一向に部屋から出ていこうとしない。
少しづつ少しづつ、部屋の奥、旬也がいるところまで歩みを進めている。
『恐らく、避難施設へと逃げようとしているのでしょうけれど、それを中断していただけませんか?』
『いいえ。そうではありません。私は貴方を救おうとしているのです。そのためには、貴方に、その場を動いてほしくはない。今、私はロックヒルズに居ます。そこにいる多くの人間を助け出し、その後、貴方のいるアパートに向かう予定です』
無理だ。旬也はそう思った。全てが無理なのだ。彼女がロボットに勝てるだけの戦力を持っているわけがないし、仮に持っていたとしても、ロボットが自分を殺す前に、そのスーパーウーマンがこの部屋にたどり着くことはないだろう。ここからロックヒルズまで二百メートルほどの距離がある。世界記録保持者でさえ二十秒は掛かる。
二十秒あれば、死ぬのには十分すぎる。
『しかし、貴方を救い出すには一つだけ条件があります』
『ええ、この条件を飲んでいただかなくては、私は貴方を助ける意味がない』
今思えばこの後旬也の軽口に対して、彼女が無視したのはただの録画だったからだろう。
(そうだ……条件だ)
旬也は思い出していた。
(確か、彼女は俺に『一緒にロボットを倒しませんか?』なんていう荒唐無稽なお願いをしてきたはずだ……)
『私達とともに、ロボット軍と戦って頂きた……』
銃声と、モニターが割れる音が部屋の中に響いた。モニターが破壊されたのだ。
(次は自分か…………)
旬也は心を決めた。
ロボットの駆動音は、もうすぐそこ、二メートル以内にはあった。
死の覚悟を決めるといろいろなことが頭の中を巡った。
家族のこと。
ゲームのこと。
ゲームのこと。
ゲームのこと。
そして家族のこと。
(俺の人生ってゲームばっかりだったな。ま、面白かったから別にいいけど)
と、その時、旬也の頭のなかで、モニターが破壊され『なかった』ときに流れるはずだった言葉が響き渡った。
『私達とともに、ロボット軍と戦って頂きたい。命と、人間としての尊厳をかけて』
モニターの中の彼女はそう言っていた。それを聞いた時、旬也の中の『常識的な』部分はそんなことは有り得ない、荒唐無稽だ、と否定した。しかし旬也の純粋な部分、根源的な部分はそれを――本当はどう思っていたのか、それに旬也は気が付かなかった。
(ああ、そうか)
旬也は自分の気持ちに気がついた。旬也は――彼は、その言葉を聞いた時――
――面白い! と思ったのだ!
ロボットの足の先が、旬也の視界に映る。
死を覚悟した彼は、辞世の言葉のつもりで叫ぶ。
「手伝ってやるよ! ロボット殺しを!」
その音声に反応したロボットが俊敏な動きで旬也の前に立った。
そのロボットは悪魔みたいな黒い色をしていた。二足歩行のメタリックブラック。部屋の明るさと外の明るさがその金属をより薄気味悪くしている。
銃砲が搭載された指を旬也に向ける。彼らの使う銃砲には引き金すらない。完全自動の機械兵器は淀みない動きで旬也を殺す、ことが出来る。
(結局、あの女は一体何だったんだろう)
旬也はひたすらにただ死を覚悟した。結局約束しようが無駄だった。ただ自分が死ぬのを一秒か二秒早めただけだった、彼はそう思った。
*********
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