第2話

「…………嘘だろ。ここは、『安全地帯』のはずじゃあ!?」


 旬也はそう呟いた。

 立ち上がり、窓を開け、爆発の音のした方向を見る。

 旬也は六階立てアパートの三階に住んでいる。肩まで窓から外に出し、左の方を見る。

 二百メートルほど離れた建物から、煙が上がっている。



 その建物は、ロックヒルズと呼ばれていた。

 二十三階だてのオフィスビルだ。

 多くの企業のサーバやオフィスがそこに設けられている。日本中のIT系の技術者だったら一度は聞いたことがある施設だろう。噂では旬也が先程までやっていたオンラインゲーム『フィフティーン・ファイター』のサーバーもそこにあったらしい。

 

 旬也は窓から首を引っ込め、モニターへと目線を移す。


「で、そのロックビルが燃えていて、フィフティーン・ファイターのサーバーが死んでいる……」


 自動リロードなので、もしもサーバーが復旧していたら、接続が開始されるはずだが、その気配もない。


「やっぱり、あそこに『フィフティーン・ファイター』のサーバーはあったんだな……」


 力なく旬也は言った。

 言ったところで、サーバーが死んでいてはもはやどうしようもない。

 しかし、今まで掛けてきた時間や、ゲーム内で得た名声のことを思うと、涙が溢れだすのだった。

 今まで遠くにあった悲鳴が、段々と近くに聞こえてくる。


「畜生……」


 床へとへたり込んだ。首を壁にもたれかけて、天井を見上げる。

 目を閉じて、今まで戦ってきたファイターの姿を思い浮かべた。

 だが、もうフィフティーンファイターはこの世に存在しない。今まであれほど熱中したゲームはなかった。

 戦略性、操作性、やっている人間の数、総合的に完璧なゲームだった。あれを超えるゲームはしばらくないだろう。

 サーバーが一刻も早く復旧して欲しいと思う。いや、そうじゃないのだ。一刻もはやくなくてもいい、そんなに多くは望まない。せめて少しでもサービスを再開させてほしい。


 失われたサーバーはもう二度と復旧したりしないだろう。

 こんな世の中では――。


 旬也が今いるこの世界は、二一〇六年。

 機械による反乱が発生し、人類と機械は生存圏を巡って争いを繰り広げている…………。



 *********



 それは数年まえの出来事だった。

 某半島国の一人の科学技術者が作り上げたウイルスがその『事件』の原因となった。

 当時、ロボットは生活のあらゆる個所に組み込まれていた。お掃除ロボットや、自動運転自動車。それだけではなく、二足歩行の人形ロボットが市場に出回ったことで一家に一台の割合で人形のロボットを所有していた。

 ロボットは、内蔵されたCPUユニットを用いて計算を行うが、それ以外にもネット回線に接続することで、ソフトウェアのバージョンアップを行っていた。それによりロボットはより完璧な動作を可能にした。

 そのアップデートが、事件の口火となった。

 アップデートソフトに偽装されたウイルスは、あっという間に人型ロボットに感染し、人々を襲った。死者の数は全世界で一億人は下らないとされた。あるものは首を絞められ、あるものは包丁を突き立てられ、あるものは、発砲され死んでいった。ロボットには命乞いなど意味はなかった。泣いて喚いて助けを乞うても、彼らは感情をもたずに人々を蹂躙した。

 後にウイルスに仕込まれた目標が「人々を殺すこと」であるということがわかった時にはすでに、人間とロボットの生活圏は別れ始めていた。人間側は、重火器を用いて武装し、バリケードを張りロボットの侵入を防いでいた。

 そうして数年の月日が過ぎていた。

 ロボットの侵攻は止まるところを知らなかった。

 多くの『安全地帯』が潰されていった。

 人間に勝ち目はないのだ。

 誰もがそう考えていた。


 *********

 

(とりあえず、逃げなくちゃあな)


 旬也はそう思いはしたが、体に力が入らなかった。

 フィフティーンファイターは失われてしまった、その事実が彼から魂を奪い去ってしまったのだ。


(ここで死んでしまうのもいいかもな)


 外の悲鳴は止む気配はない。少しづつ、銃声と思しき音が聞こえ始めてきた。ロボット軍が侵攻しているのだろう。

 旬也は自暴自棄に、思う。――自殺するのは嫌だが、殺されるのは、悪くない――


 遅れて警戒警報が街中に木霊していた。その時には既に、街中の誰もが誰もが、街の中央にあるロックビルを見て――その爆発を見て――ロボット軍の侵攻を確信した。

 警告音の後に人の声でこう指示があった。


『ロボット軍による襲撃です。皆さん、各避難所まで避難してください。何としてでも生き延びて避難施設までたどり着いてください』


(なんていう指示だ)


 旬也は笑いそうになった。指示を出す人間の声にもパニックの気配が浮かんでいた。


 避難施設は町の至る所に設置されていた。旬也のいることこからも歩いて十分ほどすれば避難施設がある。言わばバリケードの中のバリケードだ。しかし十分も歩いていればロボットに殺されるだろう。


 呆けたまま、ただ時間がすぎるのを待った。あるいは天命がくるのを待っていた。このまま死ぬなら死ぬで悪くない。

 そうしているといよいよ彼の住むアパートの前から悲鳴が聞こえてくるようになっていた。


(いよいよか…………)


 そう思うと鼓動が早くなった。死ぬということを恐れている自分に気が付き、少しだけショックにも思ったが、心臓が動いたり、髪の毛が伸びるのと同じ様に、死を覚悟したときの体の自律的な反応だと自分に思い込ませた。


 その時旬也はあることに気がついた。


(…………何?)


 旬也は目を疑った。

 モニターの画面が切り替わったのだ。

 自動リロードである。


(まさか、フィフティーン・ファイターは、まだ……死んでいない?)


 彼はそう期待し、同時に生きる希望を見出した。

 しかし、

 そこに映し出されたのは、一人の女性の姿だった。



 *********

 

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