GIFT

如月芳美

第1話 最初の友達

「行ってきまーす」

「ハンカチ持った?」

「持ったよー」

「ティッシュは?」

「持ったってば」

「今日は何限まで?」

「知らないよぉ、五限か六限でしょ、行ってきまーす!」


 六年間お世話になったチェリーピンクのランドセルを家に置いてきぼりにして、今日からあたしは中学生としての生活をスタートする。

 新しい制服、えへへ。なんだかくすぐったい気分。小学校と違って制服があるっていうだけで、なんだか凄く大人になったような気がする。気だけで中身は大して変わってないんだけど。

 中学に入ったら、先輩には敬語とか使わないといけないんだよね、そんなの使ったこと無いよ、大丈夫かな。


 いつもの桜並木を、小学校とは反対方向に向かう。

 今年から小学校に入る一年生たちの黄色い帽子が、あちこちで落ち着きなく動き回る。『ランドセルに背負われてる』って感じなのが可愛い。かく言うあたしも、傍から見れば『制服に着られてる』ように見えるんだろうな。


美咲みさきー、おはよー!」


 この声は真由まゆだ! 振り返ると予想通りのフワポニョ体型がポニョポニョと走って来る……というか弾んで来る。


「おはよー」

「また美咲と一緒のクラスで超ラッキー」

「あたしもー」


 当たり前のようにあたしの右側を歩く。真由は何故かいつもあたしの右側、あたしは左側。小学校の頃から不動のポジション。


「北小の子も半分くらいこっちに来るんだよね」

「うん、校区がややこしいみたいだね。でも南小はみんな一緒でラッキー」


 あたしたちは桜丘さくらおか南小学校からこの桜丘中学校に上がって来てる。桜丘北小学校の半分はこちら、もう半分はもう少し北の方にある富士見ふじみ中学校に進む。実質的には桜丘中の八割は南小の子らしい。


「北小からどんな子が来てるんだろうね」

「きっと今日のホームルームで自己紹介とかさせられるんだよね」

「真由は得意な事があるからいいじゃん。あたしなんか自己紹介で喋ることなんにもないよ」

「得意なことは今は無いけど、その分伸びしろがあります、って言えばいいじゃん」

「それ貰った」


 真由は小学校の時からしっかり者で、四年生からずっと学級委員をやってる。特に成績がいいってわけじゃないんだけど、あたしと違ってリーダーシップのあるタイプで、言葉にも説得力がある。そんな真由を、あたしはいつも羨望の眼差しで見てるんだ。


「ねえ、美咲はもう部活決めたの?」

「ううん、まだ。何があるかもわかんないし」

「私は美術部か吹奏楽部にしようと思ってるんだ。美咲も一緒の部活入ろうよ」

「うん、いいよ。文化部だったら何でもいいや」

「私が運動部に誘うわけないじゃん」

「それもそうだよね」


 あたしたちはバカ話をしながら教室に入って行く。誰が置いたのか、窓際では鉢植えの赤いカーネーションが存在感を放っている。

 黒板に大書きされた自分の席を確認し、周りを見渡す。運良く斜め前が真由の席だ。席順はまだ名簿順のままだから、見たことの無い人は名簿と席で確認する。


 あたしの左隣は見たことのない子。多分北小なんだ。凄い背の高い男子。しかもちょっとイケメン。その子のすぐ前が真由、ってことは、竹田たけだ真由の次だから……富樫とがしいつき君って言うんだな。

 なんて思ってたら、その推定富樫君があたしに声をかけて来た。


桑原くわばらさん?」

「うん、桑原美咲。富樫君でいいの?」

「うん、そう。俺、富樫樹。北小」


 そこで真由がくるっと後ろを振り返る。


「私は竹田真由。美咲の友達。南小」

「ふーん。竹田と桑原な。了解。忘れたらゴメン」

「いきなり忘れるかー」

「俺、若年性痴呆症だから、三歩歩くといろいろ忘れる」

「なにそれー」

「ニワトリ?」


 いきなりイケメンと友達になったっぽい。富樫は北小のハンデを全く感じさせずにそのままあちこちに顔を出して、どんどん友達になっていく。すっごい自然体だ。


 その時、教室の後ろの隅でポツンと一人で座っている男子と目が合った。

 男子の中では小柄な方だろうか、華奢な体つきに細い縁の眼鏡をかけて、静かに座っているだけの彼と目が合った瞬間、何故か懐かしい感じがしたのだ。

 でもあたしは彼を知らない。どこかで会ったことがあるんだろうか。南小の子じゃない事だけは確かだ。


「ねえ富樫、あの隅っこの男子、北小の子?」


 小声で彼に聞かれないようにそっと富樫に確認すると、チラリと振り返った富樫は首を傾げた。


「俺知らないよ。北小のやつで俺が知らない奴はいないと思うけど。南小の子なんじゃないの?」


 いや、あの子は南小の子じゃない。じゃあ、どこから来たんだろう?

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