第2話

 生物も疎らな死砂シサの大地、それと全てを押し流す流砂リュウサの大河と何物も侵食してしまう荒れ狂う凶砂キョウサの海を持つこの星は、銀河半世紀ほど前は人類種はもとより知的生物など住むこともかなわない空虚の星だった。

 AL銀河の中でも辺境に位置する暗陽系の第4惑星であるこの惑星レソルは、その名の元となった神話の神の憂鬱な横顔のように蒼褪めた星であり、放射性活性鉱砂の毒禍々しいまでの青い海に浮かぶ暗い双眸にも似た二つの黒いシサの大陸しかなかった。


 この屍のような星の何人も近寄らせなかった流砂リュウサの使い道に、サレンの遠い先祖であるDr.ゾレノが狂信とも思える勇気を持って降り立ったのがこの星の歴史の始まりである。

 恒星間移動艇の外装をも侵食し溶かしてしまう凶砂キョウサの大海原に削られることなく浮かぶ大地にヒントを得て、研究が始まったのだ。幾年もの度重なる失敗の後に、死砂シサをもとに合成されたセラミカル原材の開発に成功し、持ち運び不能だった流砂リュウサを万能溶剤として使う道を切り開いたのだった。

 あらゆる金属を溶かしあらゆる非金属を犯す溶剤は銀河中に恩恵をもたらしゾレノは莫大な富を得たが、そのまま僅かばかりの親族とともにこの星にとどまり研究を続ける余生を過ごした。

 揮発することなく変わらぬ溶性を続ける流砂リュウサの利益に目をつけた大手のコングロマリットであるLXX(リーイクスイクス)社などは、ゾレノの開発したセラミカル原材に変わる物質の研究に着手を始めたが、約300デイズでその溶性の元となる放射性物質を失ってしまうリュウサの特性に気づき断念してしまった。

 その利用性に銀河中が乱舞し流砂リュウサが多くの産業に不可欠になってしまった間に、帝国の名において彼の惑星による全ての流砂リュウサの採掘権はゾレノとその一族が牛耳ることとなっていた。


 そして一族の反映は侵されることなく半世紀が過ぎていったのである。



 パイプの詰まりを除去し送出ポッドの具合をみようとサレンは古井戸を稼働させることにした。

「ん?」不意に空を見上げるサレン。ブーンとシールドが貼り直される音に混じりながら聞こえ続ける流砂リュウサの怒号を感じたからだ。

 流砂リュウサの微かな乱れを、流の《リュウサ》のざわつきを。

 見上げた紫苑に染まる空に揺らぎが始まる。粒子の集約と実体化、異空間から解き放たれた船だ。

 その見かけたこともない船に流砂リュウサがざわつくように飛沫をあげる、立ち上る飛沫が捕獲せんとばかりに伸びだしたとたん船は宙港を目指し飛んでいった。

「…なんだ?」

サレンはざわつきがやまない流砂リュウサのように心を乱しながら、宙港近くの部落へと駆け出して行った。




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