第3話

「なあ宍戸ししど、コンバスの美人の先輩どうだった? 他にも女子いた?」


 その日の昼休み。いつの間に戻ってきたのか、そしていつの間に昼飯まで持ってきたのか、パンと紙パックのジュースが入ってるコンビニ袋を片手に持った北上きたかみがいつの間にかおれの隣にいてびびった。……つーか、第一声がそれかよ。


「美人だったよ。その人以外に女子はいない」


 腹減ったし、無視しておれもさっさと弁当を取ってこようとしたら、音楽室がごった返してて到底無理そうだったから、仕方なく答える。

 美人、って言った瞬間に北上の目が輝いた。


「どれだよその美人の先輩って! 他に女子いなくても美人の先輩いるならそれでいいじゃん! 目の保養になるし!」

「……トランペットはどうだったんだよ。結局女子はいたわけ?」


 真面目に受け答えしてたら、その人の趣味はとか、スリーサイズはとかあれこれ聞かれそうだから、話をそらす。この間聞いた話だと、トランペットには女子はいないって話だったから、女子の話からは逃れられるかと思って。……けど、話に上がってなかっただけで実際には女子はいたらしく、さっき以上に北上の目が輝いた。


「聞いておどろけ。そしてうらやましがるがいい。……なんと! ででん! 巨乳の先輩がいたぞ!」

「……声でけーよお前」


 本人に聞かれてたらどうすんだよ。そうじゃなくとも、少なくとも女子はひくだろうな。おれ男だけどひいてるし。セルフ効果音も寒いし。


「なんだよ、お前のくやしがる顔が見られると思ったのに。反応薄いな? なんで喜ばないんだよ? 例の美人の先輩、貧乳だったのか?」


 だからお前はモテねーんだよという分かりきったつっこみはしないでおく。こんなデリカシーのない奴、おれが女だったら絶対に付き合いたくない。乳さえ大きければ、って言ってたおれが言うのもなんだけどさ。


「で、上手いけど問題児の三年の人は? 実際上手いの?」

「あー……うん。すげー上手かったよ、うん、将来プロになれるんじゃねってくらい」


 とにかく女子の話題から離れるために適当に女子じゃない話題を振ったら、北上はあからさまにつまんなさそうな顔をして、昼飯を食えそうな場所を探し始めた。

 場所探しは北上にまかせるとして、おれは昼飯を取りに行く。人の動きが落ち着くまで待ってようと思ってたけど、このまま待ってたら昼休みが半分くらい終わりそうだ。


 人の間をぬって、やっとのことで自分の鞄のもとへ辿り着き、北上の姿を探す。壁によりかかってスマホ片手にコロッケパンをむさぼっていた。

 その隣、おそらくおれのためにスペースを確保してくれているであろう北上の鞄をどけて腰を下ろす。それに気付いた北上はスマホをポケットに突っ込み、あと一口になったコロッケパンを口に押し込んだ。


「そっちの雰囲気はどんな感じ?」

「良くもなく悪くもなくって感じ。つーかまだ初日だし、しかも三時間くらいしか一緒に練習してないし、どうもこうもまだ言えなくね?」

「まあそうだけど。とりあえず今のところは?」

「でもまあにぎやかだよ。うちのペットもオレも含めてうるさ――にぎやかなの多いし、あっちもノリいいからパー練楽しかったわ」

「よかったな」


 つっこまなかったけど、言い直す必要あったか?

 そういや、目立つ楽器ほどにぎやかな人が多いよな。中低音にいくにつれて落ち着いてる人が多くなってくる気がする。中学ユーフォ、高校チューバのおれはどちらかといえばさわがしいほうの人間だろうし、必ずしもあてはまるとは限らないけど、なんとなくあるよな、そういうの。


「そっちは? どうだったの?」

「こっちも別に……。そっちと違って静かな奴多いから淡々としてた」

「ふーん。あんま楽しくなさそうだな」

「そういうわけでもないけど。あっちのユーフォの先輩がにぎやかだったくらい」


 低音の男子はおれと、コンバスにもうひとりいるけど、先輩だし無口だから話しかけられることもほとんどなければおれから話しかけることもあんまりないし、あとは全員女子だから、今日みたいにパートごと分かれて練習の時はほとんどおれはしゃべらない。女子もペットとかと比べるとそんなにテンションが高くなかったり、落ち着いた人が多いからもともと静かなパートではある。けど、今日はやたら静かだった原因は、どう考えてもあの先輩のせいだろう。おれも隣で吹いててすげえ緊張したわ。男だけど。


「あ、あと、チューバにイケメンの先輩がいるって聞いてたけど、ほんとにイケメンでびびったわ」

「ふーん。そんなイケメンなの? どれ? 近くにいる?」


 そういや合歓木先輩、どうしてるかなと思ったのと、北上に聞かれて近くにいるかな、何してるかなーと――まあ昼休みだから昼飯食ってるんだろうけど――あやしまれない程度に探してみたら、割と近くにいてびびった。間は距離にして五メートルくらい。あのうるさいユーフォの先輩も一緒だ。正反対のタイプだと思ってたけど、仲は良いのか。同じ低音だからかな。


「合奏の時に見れるだろ」

「それもそうか」


 すぐ近くにいるのに、とっさにそう言ってしまったのはなんでだろう。自分でもよく分かんないけど、北上もおれも自称フツメンで、イケメンは目の敵にしてるから、さっきみたいに大声で悪口とか言ったら聞こえるだろうしな――ということにしておく。合歓木先輩の耳に入って、声が聞こえたほう、つまりこっちを見て、おれが言ったんだって勘違いされたら嫌だし。


「合奏楽しみだなー。コンバスの美人な先輩も見たいし、他のパートにどんな女子がいるか気になるし……。あ、ペットの先輩、マジで巨乳だから見といたほうがいいぞ! 天然ものだぞ!」

「だからおめーは声でけーっつーの!」


 おれまで同類に見られたらたまったもんじゃねえ。……今思ったけど、おれがモテないのって、こいつが原因なのでは?

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