第2話

 北上きたかみが言ってた通り、調辺しらべ高との合同練習はその週の日曜日だった。今週はうちに来るってことで、そわそわしながら待ってたら、ほんとに男子が多くてびっくりした。うちと、っていうか、ほとんどの学校と男女比率は逆だと思う。吹部って普通女子が多いもんだろ? あれか? 元男子校とかなのか?


 最初に先生と部長の挨拶があったんだけど、早くその美人なコンバスの先輩が見たいのと巨乳がいないか探してて、話を聞いてないどころかそっちのほうすら見てなくて、男子の影に隠れて女子がほとんど見えなくてあきらめて顔を上げた時、思わずむせてしまった。

 調辺高の吹部の部長ってクマなの? ……は? よく見たら顔だけクマなんだけど、何あれかぶりもの? 隣の北上が小突いてきたのはたぶんそれを言いたかったんだと思うし、周りがざわざわしてたのもたぶん同じ理由だったんじゃないかと思う。調辺高の奴らは平然としてるけど、なんなの? なんとも思わないの? 感覚がまひしてんの?


「それでは各パートごと、黒板に書いてある教室に分かれて、パートを決めてそれぞれ練習を始めてください。泉生高の生徒は調辺高のみなさんを案内してあげてくださいね」

「はい!」


 唖然としてる間に話は進んでて、周りから聞こえたそろった返事で我に返る。


 低音は移動が大変だから練習場所は音楽室、つまりここ。だから案内する必要もないし、ってかおれ一年だし、その必要があっても何もしなくていいから楽。……あ、でも、移動だったら、「視聴覚室ってどこですか?」とか女の子が聞いてきて、そこから始まる恋があったかもしれないよな。それはちょっと残念。


 他のパートにならって低音も「低音はこっちに集まってくださーい!」ってうちのパートリーダーが隅のほうで叫んでるけど、どうせ移動はないんだし、最後に残るのが低音とパーカスだからあんまり意味なくね? ちなみにパーカスも移動が大変だから同じ音楽室。


 だんだん人がはけていくにつれて音楽室は静かになって、最終的にここに残ったのは十五人くらい? ドラムの前に集まってるのがパーカスで、その反対側に集まってるのが低音。


「調辺高の低音はこれで全員?」

「はい」


 うちのパートリーダーの質問に答えたのが、例のコンバスの美人な先輩だろうか。他に女子は見当たらないし。確かに美人だ。でも胸はそんなに大きくない。でも脱いだら……という可能性もあるよな。服の上から分かる巨乳ももちろん好きだけど、脱いだら実は……なパターンも大好きだ。


「んじゃ、まず簡単に自己紹介でもしとく?」

「そうだね。じゃあ、うちからいきますか。私は泉生いずき高三年の……」


 妄想にふけってたらいつの間にか自己紹介が始まっていた。期間にして約一ヶ月だけど、回数にしてみれば四、五回程度の短い付き合いになるから、学校名と学年と楽器と名前っていう、必要最低限の自己紹介。それ以上やったら合コンみたいになりそう。行ったことないけど。


「えっと、泉生高一年チューバの宍戸ししど一音かずねです。高校からチューバ始めたんであんまり上手くはないですけど、よろしくお願いします」


 一年だからか、おれの自己紹介は一番最後だった。調辺高のチューバが上手い人だったらいろいろあれだから、予防線を張っておく。


 「調辺高二年、花樹はなのき美琴みことです。楽器は弦バスです。よろしくお願いします」


 おれが泉生高で一番最後ということは、つまり次は調辺高の番。

 一番最初に自己紹介したのが例のコンバスの美人の先輩で、名前まで美人だった。字は知らないけど、「はなのき」の「はな」は「花」だろうし、いや華があるの「華」でもいいけど、「みこと」の「み」の字は「美」に違いない。美しい琴で美琴だろうか。

 ちなみにコンバスも弦バスも同じコントラバスのことな。ストリングベース、略してストベとか呼ばれたり、呼び名は様々ある。……おれもこれから弦バスって呼ぼっかな。


 「調辺高二年、ユーフォの木之下きのした鳴海なるみです! 俺のユーフォはふぉにたんっていうんで、ふぉにたん共々よろしくお願いしまっす! I Love ユーフォニウム!」


 さっきまでと違って拍手がまばらなのは、たぶん、おれも含めてそのテンションにびっくりしたのと、その堂々さに若干引いたからだと思う。おれだって楽器に名前はつけてるけどさ、初対面では普通そんなことまで言わないし、おれだったらそんな名前ならなおさら言えないと思う。おまけにそんな告白をされても反応に困る。

 高校でもできればユーフォ続けたいと思ってたけど、ユーフォになれなくてちょっとよかったかもしれない。隣にいたら疲れそうだ。


 「調辺高二年、合歓木ねむのき音哉おとやです。チューバです。よろしくお願いします」


 弦バス、ユーフォときたら今度はチューバか? とおれが思ったのとほぼ同時に自己紹介が始まって、声の聞こえたほうに目をやった瞬間、おれはフリーズした。


「じゃ、じゃあ練習始めよっか! うちらパート決め必要ないしね! と、とりあえず、あっちはパーカスだから、こっち半分くらいで適当に練習してください!」

「はい。ありがとうございます」


 こっちのパートリーダーの声が上ずってるのは、もしかしなくとも合歓木先輩のせいだろう。みんな顔赤いし。……そして、たぶんおれも。もしかして、調辺高が到着した時にざわざわしてたのって、この先輩のせいでもあるんだろうか。


 ちなみにこの場合のパートっていうのは、トランペットとかトロンボーンとか低音とか、そういうのじゃなくて、1stとか2ndとか、パーカスでいうならドラムとかティンパニのこと。低音は基本的にはないからな。


 しっかし、うちの先輩たちが目に見えてそわそわしだしたのがおもしろい。かくいうおれもちょっとそわそわしてるけどさ。男のおれから見てもかっこいいと思うよ? 合歓木先輩は。雷に打たれたような衝撃っていうけど、さっきみたいな感じのことをいうんだろうか。


 みんなできれば合歓木先輩の隣か近いところに座りたくて、合歓木先輩の様子をうかがってるらしい。

 おれは別に合歓木先輩の近くに座りたいとか思ってないし……いや、本当はちょっとだけ思ってるけど、この状況で急に隣に初対面の男が陣取ってきたら不審に思うじゃん。それに、先輩たちに睨まれそうだし、あとでなんか言われそうだし、そうじゃなくても陰口叩かれそうだし。

 そんなわけで、さっさと適当に隅のほうに椅子と譜面台を持ってって陣取る。合歓木先輩はまだ譜面台を組み立ててる最中だから、もしあとからおれの近くにきても、おれに責任はない。


 ……と思いながらも、おれの近くにきてくれたりしないかなー――なーんて淡い期待を抱いてたら、ほんとに隣にきたもんだから、思わず本人をガン見してしまった。


「何? ……あ、もしかして、ここまずかった?」

「いっ、いえ! 全然そんなことは……! ……ないと思いますけど、好きなところでいいと思います、全然、はい」


 おれの視線に気付いたらしい合歓木先輩がこっちに振り返ったもんだから、声は裏返るわ、日本語は崩壊するわで、でもおれの言いたいことは伝わったらしく、合歓木先輩は首をかしげつつも持ってきた椅子に腰を下ろした。その後、譜面台にクリアファイルを置いて、クリアファイルを開いて、楽器を構えて、音を出すところまで目を離せずに、斜め後ろから合歓木先輩を無意識にじっと見つめていた。チューバの音が聞こえてやっと我に返って、なに人のことじっと見てんだ気持ち悪いぞ自分、と心の中で自分につっこみを入れて、おれも楽器をかまえる。


 もしかしたらおれの自意識過剰かもしれないけど、というかそうであってほしいけど、背中にちくちくと刺さる視線を振り払うように、おれも基礎練習を始める。あとで何か言われそうだけど、今は集中して忘れておこう。

 音出しと簡単な基礎練習を終えて、おれがマーチの練習を始めてすぐに、楽器が決まったらしいパーカスからドラムとグロッケンだかヴィブラフォンの音が聞こえてくる。ドラムに引っ張られないように頑張りつつも、背後から聞こえるドラムは上手くて、そういえば調辺高にドラムが上手い人がいるって話をちらっと聞いたけど、その人になったのかなと頭の片隅で思った。

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