第25話
列車は軋みを上げながら、速度を徐々に速度を落としていった。
「降りる駅はこちらでよろしいのですよね?」
凛が確認すると、通成は頷いてから、
「ああ。だが、降りるのは最後にしよう。他の客の邪魔になってしまう」
列車が止まると、やがて扉が開いた。乗客が次々と下りていく。
人がやっと通れるくらいに通路が空いたのを確認して、凛へ声を掛ける。
「凛、立ってくれ。そろそろ降りるぞ」
通成は立ち上がった凜の手を取って通路へ出た。
人込みを掻き分けながら慎重に進んで行く。
やっとのことで降りた駅も、やはり大勢の人で溢れていた。
再びぶつからないように慎重に歩みを進めて、駅の外へ出た。
崩れた家屋や辺りに建てられた簡素な伝言板などは通成が帰還した際に矢島と目にした時と変わらないが、家屋があったと思われる場所はすっかり片付けられており、辺りを彷徨っていた子供達の姿もほとんど見当たらない。
人々は配給所から提供された食べ物を食べ、負傷したと思われるところには真新しい包帯を巻いているのが視界に入った。
少しずつではあるが、復興は確実に進んでいる。
「通成様、どうされましたか?」
凛を見ると、その顔には不安の色が見て取れた。通成は柔和な表情を彼女へ向けると、
「何でもない。今地図を確認するから少し待っていてくれ」
通成はそう言ってから、矢島から渡された地図を開いて墓までの道のりを再度確認する。
地図から顔を上げると、凛を振り返り彼女の手を掴んだ。
「悪いな、凛。よし、墓へ向かおう」
「はい」
日差しは強く、通成と凛を照らしている。それでも、通成は夕方までには帰ろうと、考えていた。
日が沈むと、昼間とは打って変わって気温が低くなるためだ。
通成は凛の手を引いて、歩き始めた。
地図に書かれていた通り、西側に進んでいくとやがて橋が見えた。石で作られた
橋の横を流れる川に目をやった。川であるはずの場所は完全に乾いている。魚の姿も当然のことながら、見当たらない。昔は姿が確認出来たのかもしれないが。
通成が再度橋に視線を向けると、前方から小柄な人影が二人こちらに向かって歩いて来た。
老婆とその孫と思われる幼い女の子だ。
「お花とかあればよかったのにねえ。何にもないのは寂しいわね」
「お花なんてどこにも生えていないよ。何もかもまだ足りないんだからね」
「あの、こんにちは」
通成は老婆と女の子に声をかけた。平静を装うために笑顔を忘れなかった。
「こんにちは。おや、どうしたんだい? こんなところで」
「散歩です。ずっと家にいるのも気が滅入ってしまうので。ところで、お二人は山から戻って来られたのですか?」
「ええ、そうですよ。この山を登っていったところにお墓がありましてね、古いお墓ですよ。明治時代に建てられたものでねえ」
通成と凛は老婆の話を聞いて心の臓の鼓動が速くなるのを感じた。すぐに笑顔を作り、
「そんなに古い墓があるのですか?」
尋ねると、今度は女の子が口を開いた。
「そう、とっても古いお墓なのよ。でも、そのお墓にはお名前がないの」
「名前がないのか? 古い墓だから掘られた文字が読めなくなったってことかい?」
「ううん。お名前がないのはねえ、鬼さんのお墓だからなんだよ。だから、お名前がないの」
「こら、時子! 変なことを言うんじゃないよ!」
時子と呼ばれた女の子は怒られて肩を竦めた。
「すみませんねえ、この子が変なことを」
「いえ。あの、そのお墓は誰のお墓なんです?」
「女の人のお墓です。若くして亡くなったと聞いていますよ。警察だか軍人だかに切られたとかでね。哀れんだお坊様が立てて下さったんですよ」
通成は老婆が口にした内容と矢島が話していた内容を頭の中で一つ一つ照らし合わせた。矢島が話していたこととほとんど一致している。
「お兄さん、そのお姉さんと山に登るの?」
女の子は窺うように凛を見ている。目の周りに包帯を巻いているため、心配してくれているようだ。
「いや、そこまではしないよ。少し辺りを散歩するだけだ。心配してくれて、ありがとな」
通成がそう言うと、凛は女の子に向けて頭を下げた。
「では、自分たちはこれで失礼します」
「ええ、お気を付けて。そのお嬢さんの手をちゃんと引いておやりなさい」
「はい」
「お兄さん、お姉さん、またね」
女の子が手を振ってくれたので、通成も軽く手を挙げた。それから軽く頭を下げ、再び凛の手を取って二人で桁橋を渡った。
通成はゆっくり橋を渡って行く。それほど距離もないのに、渡り切るまでに随分と時間を要したような気がする。橋を渡り終え、そこから真っすぐ進んで行くと山が見えた。
(墓はこの山を登ったところか……)
通成は目の前にある山を見回した。少し離れた場所に獣道がある。獣道といっても前に凛と出会ったあの道よりも、いくらか平らで坂も緩やかだ。
背中はすっかり汗で濡れ、シャツが張り付くのが不快だった。暑さのせいなのか、そうでないのかは通成にも分からない。
背後にいる凛へ視線を向けた。
口を引き結んだまま顔を伏せている。緊張しているのか、凛の手も湿っているのが分かる。
顔を前へ戻し、もくもくと獣道を進んで行った。
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