第24話
その日の晩、通成は矢島から渡された地図を眺めていた。地図の下部には駅の名が書かれていて、そこから西側に進んで行くと橋があり、そこをまっすぐ進んで行けばやがて山が見えて来る。女の墓はその山を北の方角に向かって進んでいくとあるようだ。
(確かに矢島の言う通り、複雑ではないようだが)
その時、居間の襖が開いた。入って来たのは通春だ。
「兄貴、それ何だ?」
通春は腰を下ろすと卓の上にあがっていた地図に目をやった。
「ああ、先程話した女の墓の場所が書いてある地図だ」
「墓の地図? 矢島さんからか?」
弟の問いに通成は頷いた後、地図を彼に向けて墓までの行き方を説明した。
「矢島が言うには複雑な道のりではないから、迷わず行けるだろうと言うことだった」
通春は地図をしげしげと眺めてから顔を上げると、
「確かにな。なあ、兄貴一人で行くのか?」
「いや、凛も連れて行こうと思う。一番墓に興味を持っていたのは凛だしな」
「連れて行って大丈夫なのか? 今だって寝込んでいるんだぞ?」
通春は居間と和室を隔てている襖へと視線を向ける。通成も同じようにそちらへ顔を向けた。
通春が言うように、凛は先程体調を崩してから一度も二人に姿を見せていなかった。
「いきなりこの話をするつもりはない。もう少し凛の様子を見てから話そうと思っている」
通春は頷いた後、何か考え込むように黙ってしまった。
それ以上、二人の間に会話が交わされることはなく、それぞれ思い思いの時間を過ごした。
「通春。俺はもう寝るから、照明頼むぞ?」
「ああ」
その日は通成が早く就寝した。
二日後には凛の具合も良くなり、家の仕事にも取り掛かるようになった。
顔色もよくなっているように見えたが、通成や通春が「病み上がりなのだから」と、休んでいるように言っても凛は「大丈夫ですから」と言って断った。
窓や廊下の雑巾掛けや風呂の掃除の他、取り込んだ洗濯物を畳んだりと
もしかしたら、二日も
そんなある日、通成が溜まった新聞を紐で縛っていると、凛に呼ばれた。
「通成様、あの……」
「どうした、凛?」
凛は一瞬迷う素振りを見せてから口を閉じたが、再び顔を上げて、
「あれから矢島様からお手紙は届いていますか?」
「いや、届いてないぞ。どうしてだ?」
「先日、矢島様からお聞きしたお墓のことが気になってしまって」
俯いてそう口にする彼女に、通成は頷いてから待っているように言った後、背を向けて
引き出しからメモ帳を出すと、一番最初の頁に挟めていた四つ折りになっている紙を持って、凜のところへ戻った。
「凛、これを見てくれ」
通成は紙を開いて、凛へ見せる。
「通成様、これは?」
「地図だ。矢島が話していた女の墓までの行き方が書いてある」
「では、この地図は矢島様が?」
凛は驚いてそう口にした。
「ああ」
通成は凛に墓までの行き方を説明した。その場所までは列車を利用しなくてはならないことも。
「前と同じく包帯を巻かないといけないんだが、ここまで列車で来た時よりも距離はないし、山に入れば人に会うこともない。凛もあの墓のことが気になっているんだろう?」
「はい」
凛は頷いた後、続けて、
「通成様、一緒に行っていただけますか? あの
「もちろんだ。俺も気になっていた。一緒に行こう」
通成が笑みを浮かべてそう答えると、凛は嬉しそうにはい、と頷いた。
翌日、通春に家を出る旨を伝えて通成と凛は外に出た。外に出る前に、前回と同じく頭と目のまわりを包帯で覆う。
「凛、きつくはないか?」
通成は包帯に巻かれた凛のこめかみの辺りに触れる。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「ああ。じゃあ、行こう」
通成は凛の手を引くと、駅まで歩き出した。
駅の中は相変わらず、大勢の人でごった返している。どこを見回しても群衆ばかりだ。それでも、最初に凛と駅に来た時に比べたら、人は少ないように見える。
切符を購入し、改札を抜け列車に乗り込む。
二人は運よく、座席に座ることが出来た。
その後も次々と乗客の数は増えていった。乗客でいっぱいになった、
動き出した後、程なくして通成は凛へ声を掛けた。
「凛、目のまわりに巻いている包帯を取ってくれ。少しの間だけでいい」
凛は驚いて、通成へ顔を向ける。
「ですが、そんなことをしては……」
「せっかく窓際に座っているんだ。それに、凜にも窓の景色を見せたいと思っていた。周りは心配しなくても大丈夫だ」
「分かりました」
凛は考える素振りを見せた後そう返すと、窓に顔を向けてから包帯を外した。その瞬間、目の前に野山が現れた。
「走っている場所が違うから、前に見た時と景色が少し違うのだが」
「いえ、同じ景色を見ることが出来て嬉しいです。通成様はこのような景色を見ていたのですね」
凛は穏やかな笑みを浮かべていた。その顔は赤らんでいる。
通成もまた笑みを浮かべた。凛の左手を手に取ると、軽く握る。彼女もまた握り返した。
自分たちのいる場所が公共の場であることは十分分かっている。けれど、もう少しこのままで。
列車は軋みを上げながら、矢島が住む町へと向かって走り続けた。
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