第23話

 通成は居間に戻ると、ふすまを閉めた。

 「娘さんは大丈夫か?」

 「ああ、大丈夫だ。寝ていれば直に良くなるだろう。矢島、さっき話していた墓についてもう少し詳しく教えてくれないか?」

 通成は卓の前に腰を下ろして、矢島へ尋ねる。

 彼は頷いた後、もう一度冊子を開いた。

 「さっき墓は俺の家の近くにあると言ったが、少し距離があるんだ。山の方にあるから、普段はあまり人の姿もない。俺の家の裏に川が流れているんだが、そこに掛けられている橋を渡ると坂があってな、それを登った先に墓がある」

 「その墓には何と彫られているんです?」

 通春が口を開く。

 「側面に明治元年六月二十日としかない。正面には何も彫られていないんだ」

 「女の名前もか?」

 通成は驚いて尋ねた。普通であれば、没した年月日の他に亡くなった者の氏名と年齢もあるはずだが。

 「それも彫られていないんだ。その女には夫がいたそうだが、事件後に町を出たという話もある」

 「何故、名前がないんです?」

 通春が尋ねる。

 「理由は分からないが、恐らく女の夫が墓に名前を彫らないように僧侶へ話したのかもしれない」

 三人は冊子を睨むように見ていたが、通成は顔を上げると、

 「一番新しい冊子はどれになる?」

 「それは…… これだな」

 矢島は手提げ袋の中から別の冊子を取り出して、通成へ渡した。

 「ただ、昭和に入ってから鬼の伝承は少なくなるんだ。昭和十一年を最後に記録がない」

 中を開いて、それぞれ頁に目を通していくが、実際に起きた出来事と思えるものはほとんどなく、凛に関係する事柄も見つけることは出来なかった。

 その後も三人で手分けして矢島が持って来た冊子に目を通していったが、やはり見つけられなかった。

 

 「矢島、今日はありがとな」

 通成は矢島が帰るというので、玄関まで送った。

 振り返った矢島は意を決したように、

 「いや……。それよりも、あの娘さんのことなんだが」

 「え?」

 「あの冊子に書かれていた廃寺で生活していた鬼の娘というのは、あの娘さんなのか?」

 通成は固い表情を矢島へ向ける。

 「野次馬も多くいたと書いてあるから、女が切り殺されたのを目撃していた者も多かっただろう。だが、鬼の娘に関してはがなかった。それに、娘さんは廃寺のことを知っているようだった」

 通成は黙ったままだったが、やがて口を開いた。

 「矢島が言う通り、あの鬼の娘は凛だ」

 「本人から聞いたのか?」

 「いや……。幼い頃の凛の夢を見たんだ。俺が夢で見たのは、先ほどの冊子に書かれていたことと同じ内容だったが、ただ一つ違うのは凛が抜刀隊から逃げて助かったことだ。凛には夢の話はしていない」

 「娘さんは女の墓に興味を持っていただろう? 良かったらこれ」

 矢島はズボンのポケットの中から二つに折られた紙を取り出して、通成へ渡した。

 開くと地図が書かれていた。駅から降りて、そう遠くない場所にあるようだ。

 「墓までの地図だ。道も複雑ではないから迷わずに行けると思う。墓もすぐに見つかるだろう」

 「すまない、ありがとな」

 「なあ瀬野、あの娘さんを今後も家に置くのか? 弟さんから、山で盗難に遭ったところを助けられて、そのまま連れて帰って来たと聞いた。岡部の妻子の元へも同行したと」

 「ああ、本当だ。復興も今後進んで行くだろうし、ずっと家で生活させられないことも分かっている。それでも、何とか一緒にいられる方法はないかと考えている。覚悟はある。鬼を恐れる者が大半であることも……」

 通成はまっすぐ矢島を見据えて言った。冗談で言っているのではないことは、彼にも分かる。

 しばらく沈黙が続いたが、やがて矢島が口を開いた。

 「俺には、あの娘さんがお前を信頼しているように見えた。その覚悟を中途半端なものにはするなよ?」

 通成は頷いて、

 「勿論もちろんだ。あと、矢島。一つ頼みたいんだが、俺が過去の凛の夢を見たことを彼女に話さないで欲しいんだが」

 「安心しろ、言ったりしない。それじゃあ、俺はこれで。邪魔したな」

 矢島は手を挙げてから、背を向けた。通成も同じように手を挙げた。

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