第21話

 「兄貴の知り合いか?」

 「恐らくそうだと思いますが」

 通春は立ち上がると、襖に向かった。襖を開けて、玄関の方へ顔を向ける。

 だが、そこに兄の姿はない。

 恐らく、外で話をしているのだろう。

 「訪ねて来た方は矢島様でしょうか?」

 通春は振り返ると、

 「まさか。手紙にはうちを訪ねるむねなど書いてなかったはずだ」

 通春は襖を閉めると、凛へ顔を向けて、

 「凛さん、一応寝室にいてくれ」

 凛は立ち上がると、居間と寝室を隔てている襖を開けた。

 「恐らく長居はしないはすだ。兄貴が戻ってきたら呼ぶから、それまで待っていてくれ」

 凛は首を縦に振ると、襖を閉めた。

 通春は寝室に背を向け、居間と廊下を隔てている襖をにらむ。

 訪ねて来たのは本当に矢島なのだろうか? 確かに、兄の名前を呼んでいたが。

 矢島から届いた手紙の内容を思い出していた時、玄関の引き戸の開く音がした。引き戸が閉まる音に続いて、廊下を踏む音が聞こえて来る。

 通春の緊張が一気に高まった。足音は一人のものではなかったからだ。

 通春は近くにあった新聞を掴むと、それを開いた。平然とした態度を装うために。

 やがて、足音が居間の前で止まると、襖が開いた。

 「通春、数日前に手紙を送ってくれた矢島だ。招集された時に仲良くしていた……」

 「ああ、どうも。兄が大変お世話になりまして。弟の通春と申します」

 通春は新聞を置くと、矢島へ深く頭を下げた。

 その時、矢島が持っていた手提げ袋が目に入った。ずいぶんと膨らんでいる。

 「これは、どうも。自分は矢島と言います。突然、訪ねて申し訳ない」

 通春は顔を上げると、「いえ」と答えてから、矢島へ座るよう勧めた。

 心の中で、やはり凛の言う通りだったかと、呟く。

 腰を下ろした矢島とは反対に通成は立ったままで、座ろうとしない。

 「兄貴、どうした?」

 通成は弟の疑問には答えず、

 「凛、寝室にいるのか?」

 通成は閉じられた襖へと声を投げる。

 通春は顔から血の気が引いてゆくのを感じながら、兄を見上げた。

 「兄貴……!」

 立ち上がろうとした彼の肩に、矢島が手を置いた。驚いて矢島に顔を向けると、

 「瀬野から聞いた」

 「聞いたって、何を……」

 「鬼の娘の話だよ」

 矢島は彼の肩から手を離すと、持って来た手提げ袋の中から書物を出した。

 その中の一冊を開いて、通春へ見せた。

 矢島から書物を受け取り目を通した時、通成が襖の前まで移動して再度話しかける。

 「凛、出てきて大丈夫だ」

 「ですが……」

 凛の声が襖越しから聞こえた。襖を開けるのを躊躇ためらっているのが分かる。

 通成が襖に手をかけた時、矢島が近付いて来た。襖の前で屈むと、

 「娘さん、俺は矢島という者だ。瀬野の友人で、話も瀬野から聞いた。このことを他人へ話すつもりはない。約束する。だから……」

 少ししてから襖が開いた。

 中から伏し目がちの凛が顔を覗かせた。

 銀の長い髪、赤い瞳、額から生えた二本の角。

 矢島の顔に再度緊張の色が浮かぶ。

 彼はそれを振り払うように、首を横に振った。

 「貴方様が矢島様なのですね」

 うかがうように自分を見る鬼の少女に対して、矢島は黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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