第19話
通成が洗濯物を干し終えた時、
「すみません」
顔を上げると、郵便配達員の男が通成に頭を下げた。
彼も同じように頭を下げる。
「瀬野さんに郵便です」
男はそう言うと、通成に一通の手紙を渡した。
「どうも」
「それでは」
郵便配達員の男が去って行くのを見てから、手紙を裏返す。
通成は見覚えのある名前を見て、驚愕した。
「矢島? それにこの住所は……」
手紙の裏には矢島の名前が書かれていた。そして、住所は数日前に鬼に関する記事に記載された住所とほぼ同じだった。
通成はしばしの間手紙を眺めていたが、我に返ると急いで家の中に入った。
居間に入る前に風呂場の方へ続く廊下に視線を走らせる。今、凛が風呂掃除をしているからだ。
通成は凛がまだ戻って来ないことを確認すると、居間に入った。
丁寧に手紙の封を切り、中に入っている便箋を取り出す。便箋は全部で三枚、いすれも達筆な文字が紙面を埋めている。
手紙には、やっと周りが落ち着いたことから、通成宛てに手紙を書いたとあった。合わせて、無事に自分の家族と対面出来たこと、家が激しく損壊していたため、現在近くに住む妹夫婦の家に世話になっていることなどが綴られていた。他にも、岡部の妻子に会えたかどうか、通成の地元の様子と家族の安否を気に掛ける旨の他、少しずつだが復興が進んで来たことなども書かれていた。
通成は便箋を卓の上に置いてから、数日前の新聞を引っ張り出した。鬼に関する記事を探す。
「あった。これだ」
手紙を裏返し、書かれている住所と照らし合わせた。地番は異なるが、地名は同じだ。
記事で紹介されている鬼の伝承の発祥地は、矢島の住所と同じところが多いようだ。
他の新聞にも似た記事がないか調べようとした時、凛がこちらに向かって歩いて来る足音が聞こえた。
通成は急いで新聞をしまう。
「通成様、お風呂掃除が終わりました」
「ああ、すまないな」
至って冷静を装う。
「いえ、大丈夫ですよ。あの、その手に持っていらっしゃるのはどちら様からでしょう?」
凛は不思議そうに通成が手にしていた便箋に視線を向けている。
「ああ。これは、俺が招集された時に仲良くなった友人からの手紙だ」
「そのお手紙、私も拝見しても構いませんか?」
通成が頷くと、凛は小走りで寄って来て彼の隣に腰を下ろした。
通成が文面を読み上げるのを凛は黙って聞いている。
「矢島様、無事にご家族と会えたのですね」
「ああ。みたいだな」
「矢島様のお住まいはどの辺りなのでしょうか?」
「ここから少し離れているところのようだ」
通成が矢島の住所を伝えた時、凛の顔が少し強張った。
「凛、どうかしたか?」
通成が尋ねると、凛は少し微笑んでから、
「いえ、何でもありません。私、野菜を洗って来ますね」
凛はそう言うと、台所へ向かって行った。
通成は凛の背中を見つめた後、手紙の住所に視線を落とした。
凛はこの地域に住んでいたことがあるのだろうか?
凜に直接尋ねてみたいと思ったが、あの表情を見ては聞けるはずもない。
昼も近いこともあり、通成は配給所へ向かうため腰を上げた。
その日の夜、通成は外に出ていた弟に矢島からの手紙を見せた。それに合わせて鬼の記事が掲載された新聞も広げる。
「確かに同じ住所だな。矢島さんから手紙が来たのはこれが初めてなんだろう?」
「ああ。後で俺も手紙を出そうと思っている」
「こちらのことも気にかけて貰っているからな。鬼の伝承についてはどうする?」
通春の問いに頷いてから、
「その件についても書こうと思っている。他にも凛と関係のある伝承が残っているかもしれん」
その会話の後、通成は矢島へ手紙を書いた。無事に岡部の妻子に彼の遺品を届けたこと、家への被害は少なく次男も無事だったが、母と末弟が亡くなっていたことを最近知らされたことなど。以前見た新聞の記事で鬼の伝承が掲載されていたが、矢島の住所と同じであった。その辺りでは、鬼に関する伝承が数多く残っているのか、と書き足した。
手紙を送って数日経ったある日、誰かが訪ねて来た。
通成が玄関へ向かう。
「すみません、こちらは瀬野通成さんのご自宅で間違いありませんか?」
聞き覚えのある男の声に通成は驚いて、引き戸を開けた。
目の前には矢島が立っていた。
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