第17話

 通成たち三人は声のした方へ顔を向けた。

 「俺が出る」

 通春は立ち上がると、玄関へ向かった。

 「はい」

 引き戸を開けると、四十代前半とおぼしき女が立っていた。手には風呂敷を抱えている。

 「あの、どちら様で?」

 「申し遅れました、清水と申します。うちの息子の哲郎てつろうとは仲良くして頂いて……」

 哲郎と聞いて、通春ははっとした。通寿と一番仲の良かった友人の名だった。

 「いえ、こちらこそ。あの、今日はどういったご用件で?」

 「申し上げにくいのですが」

 「はい」

 「その、お母さまと通寿さんのことで……」

 通春は言葉が出て来なかった。早口で、待っていて貰うように伝えると、急いで兄を呼びに行った。

 

 「通成様、どなたでしょうか?」

 凛が不安そうな声で尋ねる。

 通成は安心させるために、彼女の手を握った。凛も彼の手を握り返す。

 「凛、ここで休んでいてくれ。俺も様子を見に……」

 通成が手を離した時、弟の慌ただしい足音が聞こえた。

 通春は乱暴に襖を開けると、早口で、

 「兄貴、通寿と仲の良かった清水哲郎を覚えているか? 哲郎の母親が来ている。母さんと通寿のことで話があると」

 通成と凛は互いに驚いた顔を彼に向けた。

 凛を一人寝室に残し、哲郎の母親には家に上がって貰った。

 三人で居間に入り腰を下ろすと、早速本題へ入った。

 「まずはこちらを」

 彼女は抱えていた風呂敷を卓上へあげると、丁寧に捲り始めた。中から出て来たのは、血で変色したお守りと女物の下駄だ。

 「皆慌てて逃げたものですから、その際にはぐれてしまったのでしょう。お母さまと通寿さんは別々の場所で発見されました」

 哲郎の母親は涙ながらにそう語った。

 彼女の話では、八月に入って間もない頃に頻繁に空襲があったという。哲郎はその日、通成の家の近くにいたらしい。突然けたたましい音がしたと思い、音のした方へ目を向けると、逃げ惑う人々でてんやわんやの状態だったそうだ。

 通寿はすぐさま母親を家まで呼びに行ったが、母はすぐには出てこなかったという。

 「そうしているうちに、建物が倒壊してしまい、その下敷きになってしまったようです。通寿さんと哲郎は同じ場所で見つかりました。哲郎はまだ息がありましたが、通寿さんは……」

 恐らく通寿は即死だろう。哲郎はその四日後に亡くなった。母がすぐに家から出て来なかった、という話も哲郎から聞いたとのことだった。

 母の遺体は、片足がない状態で発見されたという。空襲の被害のせいだろう。

 「哲郎が亡くなった際、通寿さんとお母さまも一緒に火葬させて頂きました」

 そのため、母も弟の遺骨も他の者の遺骨と混じってしまい引き取ることは困難だった。

 「こちらの遺品は母と弟のものなのですね?」

 通春は哲郎の母親に確認した。通寿が持っていたお守りは確かに母が作ったものだったし、下駄も母がよく履いていたもので間違いなかった。

 「わざわざ持って来て頂き、ありがとうございました」

 通成は深く頭を下げた。道春も同じく頭を下げる。

 哲郎の母親は手拭いで目頭を押さえた後、深々と頭を下げた。

 

 彼女が帰った後、二人は茫然と母と末弟まっていの遺品を眺めていた。

 その時、そっと襖が開いた。凜は遠慮がちに、

 「あの、お母様と通寿様が……」

 「既に死んでいた。どんなに探しても見つからないわけだ」

 通春は項垂れたまま呟いた。

 「遺品が見つかっただけでも、俺は良かったと思っている。親父の時は、ただ戦死を知らせる紙切れしかなかった」

 「ああ。そうだったな」

 「通春」

 通成は目の前で項垂れる弟へ声を掛けた。

 「今日は仏壇の前で寝よう。お袋と通寿の遺品を並べて」

 通寿は頷いただけで、何も言わなかった。嗚咽だけが聞こえる。

 「あの、私も」

 通寿と通春は同時に寝室にいる凛へ顔を向けた。

 「ご迷惑でなければ、その、ご一緒させて頂いても構いませんか?」

 「凛はこう言っているが」

 通成は弟の返答を待った。

 通春は黙って立ち上がってから、

 「蔵にあるお袋の布団を持って来る。 ……凛さん、今まで済まなかった。怪我まで負わせてしまって」

 凛は驚いた表情を見せてから、恥ずかしそうにうつむいた。小さな声で、いえ、とだけ答える。

 通春は頷いた後、居間と廊下を隔てている襖へ歩いて行く。

 「お前も休んでいろ。布団は俺が持って来るから」

 通成も立ち上がり、弟の後へ続いた。

 

 

 

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