第16話

 通春は近くの医者の元で手当てを受けに行き、凛は通成の寝室に寝かされていた。

 凛の傷も最初は深いと思われたが、今は血も止まっている。

 背中の包帯は通成が巻いた。

 「兄貴。その、傷の具合は……」

 通春も多少は責任を感じているのか、その顔には不安が滲んでいる。

 「血も既に止まっている。思ったより深くはなさそうだが」

 通春は兄の布団で眠っている凛に視線を落とした。まだ意識は戻らない。

 凛を見つめたまま、通春が尋ねる。

 「傷が深くなくても、一応医者に見せた方が……」

 弟の提案に、通成はかぶりを振った。

 「前にお前も言っていたと思うが、そんなことは出来ん。もし、医者に見せて警察なんぞに来られたら」

 「警察?」

 不思議そうに通春が呟く。苦渋の表情を浮かべる兄に顔を向けると、

 「凛の夢を見たんだ。幼い頃の凛の夢だ。警察が、抜刀隊が迫って来て……」

 「抜刀隊? 兄貴、それは夢の話だろう? 今は昭和だ。抜刀隊など存在しない」

 通春は戸惑った表情を兄に向ける。通成は顔を伏せたままで、それ以上は何も言わなかった。

 一体、何度同じ光景を頭に巡らせただろう。あの夢を見てから、通成はまるで呪いにでもかけられたような感覚を抱いていた。

 凛が目を覚まさないこともあり、落ち着くことが出来ない。

 また、悪い夢を見ているのではないかと心配になる。

 通成は呪縛を払うように、弟に尋ねた。

 「通春、お前を襲った男についてだが……」

 「軍に従軍した自分の娘を探していたらしい。隊の名称も俺が所属していた隊のものだったが、イケザキ ミヨコという名前の女はいなかった」

 従軍したというのなら、恐らく自決だろうか。それとも戦禍に巻き込まれて命を落としたのか。

 男の気持ちは分からなくもないが、切りつけるのは如何いかがなものか。通成は男に対して複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。

 その時、凛のうめき声が聞こえた。

 通成と通春が同時にそちらへ顔を向ける。

 「凛!」

 通成は身を乗り出して、彼女の名を呼んだ。

 「通成様……?」

 うっすらと目を開けると、我に返ったように、

 「あの、通春様は?」

 通成の袖を掴んで、必死の表情で尋ねる。

 「通春なら大丈夫だ。医者に診てもらって、手当も済んでいる」

 通成は弟の方に顔を向けると、凛も同じように顔を向けた。

 「良かった。大事には至らなかったのですね」

 凛は安堵の表情を浮かべた。

 通春は申し訳ない気持ちからなのか、凛からすぐに顔を逸らしてしまった。

 「具合はどうだ?」

 「まだ傷は痛みますが、大丈夫です」

 凛は自分の鎖骨辺りに手を当てた。

 「兄貴が手当をしたんだ。もう血は止まっているはずだ」

  凛から視線を外したまま、通春が答える。

 「そうだったのですね。ありがとうございます。あの、申し訳ありません、ご迷惑をおかけしてしまって」

 凛は申し訳なさそうに、顔を伏せた。

 「いや、意識が戻って良かった。まだ寝ていた方がいいだろう、ゆっくり休んで……」

「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 玄関から女の声が聞こえた。


 

 

  

 

  

 

 

 

 

 

 

  

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