第15話
その夢を見てから、通成は一睡も出来ずに朝を迎えた。
凛はあの後必死に逃げて警察の奴らから
ふと、凜が大昔に人に助けて貰ったと話していたことを思い出した。
「大昔というのはきっとあの時のことだったんだな……」
夢で見た女がきっと母親代わりだったのだろう。
通成は布団を
「通春、配給所へ行ってくる。お前はどうする?」
昨日のことがあったが、つとめて平静を装って
通春は顔をあげ、すぐに
「俺はお袋と通寿を探しに行く」
それだけ言うと、玄関に向かった。
通成も支度を整えると、蔵へ向かった。
「俺だ。凛、起きているか?」
少ししてから蔵の扉が開いた。
中から凛が顔を
「おはようございます。通成様」
「ああ。大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
凛の頬にそっと触れる。凛は目を細めると、
「昔の夢を見ていました。幼かった頃の」
通成は身体から血の気が引いてゆくのを感じた。夢でみた光景が蘇る。
「そうか。今から配給所へ行くが……」
「申し訳ありませんが、食欲が余り無いのです。私のことは気になさらないで下さい」
その後、なるべく早く帰ってくることを凛に伝えて蔵を離れた。本当は凛を家に入れたかったが、通春が何を言うか分かったものではないので、そうすることは出来なかった。
凛は通成を蔵の前で見送った後、再び布団に入り横になった。
何もする気が起きない。再び眠ろうとした時、誰かの
そっと蔵の扉を開ける。
外の方から男の声が聞こえて来る。何かを言い合っているように聞こえる。
枕元に置いてあった手拭いを頭に被ると蔵を出た。なるべく足音を立てないように細心の注意を払いながら声のする方へ向かった。
声は通成の家の方から聞こえて来た。凛が家の隅に隠れて様子を
「俺はそんな女は知らない! 俺の所属していた隊に従軍していた看護婦の中にそんな名前の女などいなかったぞ。何度同じことを言わせるんだ!」
「そんなはずはない! 俺の娘は確かにあんたの隊に従軍していたんだ!」
途中から話を聞いていた凜には何のことか分かるはずもなく、ただ真っ青になりながら二人の口論を聞いていることしか出来なかった。
「とにかく、あんたの娘など知らん。
通春が手に持っていた写真を男に渡す。男に背を向けると、玄関に向かって歩き出した。
「この人でなしが!」
男は腰のあたりから
後ろを振り返った時、鉈の切っ先はもう目の前だった。
目を
切りつけられる音を聞いたが、肩以外に痛みは感じない。通春が目を開けると、目の前には凛が倒れていた。
男は驚いた表情で凛を見下ろす。鉈を持っている手が震えているのが見て取れた。
男が悲鳴を上げて逃げていった。追いかけようにも負傷しているため、後を追うことが出来ない。それよりも、目の前の凛が動かないことが恐ろしかった。
「おい、聞こえるか?」
切りつけられた肩を押さえながら、屈んで凛へ問い掛ける。
少ししてから、
「大丈夫でしたか、通春様?」
凜の弱々しい返事が返ってきた。見ると、凜の背中は真っ赤に染まっている。
「そんな…… 何故、俺を庇った?」
「凛! 通春! 何があった?」
通成が二人を交互に見て、叫んだ。
通成は凛が頭に被っていた手拭いを背中に当て、自分の手拭いを通春へ渡した。
「通成様、おかえりなさいませ……」
それだけ呟くと、凛は意識を失った。
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