第14話
通春は兄に言われた通り、朝食を済ませると洗濯を始めた。衣類を洗い終えた後、竿に洗濯物を干していると、通成が帰って来た。
「通春」
「兄貴、やっと帰って来たか。あの鬼の女は……」
兄へ顔を向けた瞬間、通春の顔が強張った。不機嫌そうに顔を歪める彼が文句を言おうとするより早く、通成が口を開いた。
「通春、洗濯物は後で俺が干すから、ひとまず家の中へ入れ」
言われた通春は言葉を飲み込んだ後、兄を睨み付けた。無言で背を向け、玄関の引き戸を開けて中へ入っていく。
引き戸を開ける際、
居間へ入り腰を下ろした後、
「これは一体どういうことだ! 説明してくれ!」
「確かにお前の言うことは正しい。お袋と通寿が帰ってきた時のことも考えなくてはならないというのも分かる。お前から見れば俺は
「何が言いたい?」
通春の顔は更に険しくなった。
「お前は差別されることの苦しみを考えたことはあるか? それがどれだけその者を傷付けるか考えたことはあるか?」
通春は答えなかった。ただ、口を
「お前が凛を良く思わないのは、何が理由だ?」
「助けられて、情が移ったか? その見た目で外を歩いてみろ。周りが一体どんな顔をするか」
凛は不安そうに通成を横目で見た。通成もそれに気付き、同じく横目で凛を見る。視線を通春に戻してから、
「見た目は違っても、凛は人間以上に人間らしいぞ。通春、もっとしっかり凛を見てやってくれ。見た目ではなく……」
「いい加減にしろ!」
通春は両手で食卓を叩いた。凛がびくりと、身体を震わせ顔を伏せる。
「付き合っていられるか! そんなにその鬼を家に置きたいというのなら、これからは離れの蔵に住まわせろ」
「あんな狭い所に凛を置けというのか!」
「何で鬼と同じ家で過ごさねばならないんだ! 当たり前だろう」
「あの」
凛がそこで口を開いた。二人共彼女に顔を向ける。
「あの、私は蔵でも外でもどこでも構いませんので」
通春は凛を
凛はその日の晩を蔵で過ごすことになった。通成の母親が使用していた布団を離れの蔵に運び、櫛などの日用品も運んだ。
凛を蔵まで連れて行き、通成は自分の部屋へ戻った。その日はなかなか寝付けなかった。
少女の泣き声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
――凛、泣いているのか。どこにいるんだ?――
辺りは真っ暗で何も見えない。
目の前で女が切られた。警察と思われる男が刀を持っている。刀には
周りにいる数人の警察官も刀を所持している。その後ろには野次馬と
通成はそこで違和感を抱いた。これは最近の出来事ではない。凛は今よりも五歳は幼く見える。どうみても十二、三歳にしか見えなかった。
――これは一体何時の時代だ? 大正か? いや、そもそもその時代に警察が刀を所持しているのは不自然だ――
通成は考え込んだ。やがて、ある考えが浮かんだ。
――抜刀が許可されているということは、まさか明治か?――
「鬼の子、逃げて……」
女は息も絶え絶えに凛の袖を掴んで、言った。それから凛の身体を押してやった。
抜刀隊が凛へ迫る。
――凛!――
次の瞬間、凛は駆け出した。その後を抜刀隊の男達が追い駆ける。
女を切りつけた男が彼女の身体を蹴り上げた。何か呟いた後、女の胸に刀を突き刺した。
――やめろ、この
通成は男を止めようとしたが、もちろん触れることは出来ない。通成は
次の瞬間、場面が変わった。今度はもっと幼い姿の凛が現れた。通成の目の前を走馬灯のように流れていったのは、幼い凛と先程切り殺された女との思い出の断片だ。
リンゴをかじる凛に女が話しかけている場面、新しい着物を着て喜ぶ凛の姿、人目に付かぬように廃寺で過ごし、女が食べ物や衣類を与える場面――。
そして、近所の人間に凛のことを知られてしまい、警察隊が駆け付ける場面。
通成はそこで目を覚ました。
「凛……」
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