第13話

 「通成様…… も、申し訳ありません。私、鬼であることを知られてしまって……」 

 通成は弟を押し退けて、凛へと近付いた。

 「凛……」

 通成が不安に駆られたのは、通春に凛が鬼であることを知られてしまったからではない。いつまでも隠し通せると思っていた訳ではない。いずれ、こんな日が来るだろうとは思っていた。

 目の前にいる凛の怯え方は、普通の怯え方とは異なるように感じる。

 鬼であることがそうさせるのか。

 こうなってしまった以上、もう隠し通すことは出来ない。通成は弟に向き直った。

 「通春、嘘をついて済まなかった。凛は人間ではない」

 「そんなの言われなくても分かる。兄貴、正気か? 自分がどんなことをしたか分かっているのか?」

 「見た目こそ少しばかり俺達と違うが、凛は人間と変わらん。お前も共に生活していたのだから……」

 「人間と変わらないだと? 冗談じゃない! こんな気味の悪い女、一体

 凛の身体が大きく震えた。その言葉を聞いた瞬間、通成の中で怒りが洪水のように湧き上がった。通春の胸倉を掴み、

 「拾って来ただと? 凛を侮辱するのもいい加減にしろ!」

 「兄貴こそ、目を覚ませ! 鬼の女に魅入られたのか? 俺は情けないぞ。戦死した父さんがどれだけ嘆くか……」

 その時、引き戸が勢いよく開く音がした。

 振る返ると、先程までそこにいた凛の姿がない。通成は弟の身体を離すと、玄関に向かった。

 「凛!」

 外に出た時にはすでに凛の姿は無かった。通成が追いかけようと駆け出した時、通春が兄の肩を掴んで止めた。

 「いい加減にしろ! 近所に知られたらどうするつもりなんだ? 俺達も偏見の目で見られるんだぞ。お袋と通寿が帰って来た時のことも考えてくれよ」

 弟の言うことは決して間違っていない。拳に力を込める。振り返ることなく、通成は弟に言った。

 「お前は先に朝飯を食っていてくれ。それが済んだら洗濯も頼む」

 それだけ伝えると、走り出した。

 「おい、兄貴!」


 凛は山に入ると、その場にしゃがみ込んだ。全身から力が抜けてゆく。

 (知られてしまった! 私を置くために、通成様があんなに努めて下さったのに)

 自分が情けなかった。何故自分は鬼なのだろう? 何故人間として生まれてこなかったのだろう? 人間であればどれだけ良かったか。

 あの二人はまだ喧嘩をしているだろうか? 自分のせいで今までの生活が困難になるのではないだろうか?

 そんな不安が凛を襲う。

 (関わってはいけなかったんだ。それなのに私は……)

 考えるとまた涙で目が霞んだ。頬を伝って落ちてゆく。

 「凛!」

 遠くで自分の名を呼ぶ声がする。凛は顔を上げると、声のした方を振り返った。

 「どこにいるんだ、凛? 返事をしてくれ」

 通成の声がはっきりと聞こえる。少しずつではあるが、こちらに近付いて来ているのが分かる。

 逃げなければ。これ以上迷惑は掛けられない。それでも、身体が思うように動かない。

 足音はどんどん近付いて来る。そのまま凝視していると、やがて茂みの中から通成が現れた。

 「凛」

 「こちらに来ないで下さい!」

 顔を背け、叫ぶ。

 通成は足を止めた。驚いた顔で凛を見る。

 「私は人様に関わってはいけないんです。所詮しょせん、鬼は鬼でしかないんです。それなのに、私は……」

  通成は凛に近付き、その場で屈んだ。

 「凛、俺との生活は苦痛だったか? 後悔しているか?」

 真剣な表情で訊ねる。凛は答える代わりに、首をゆっくりと横に振った。

 「人間でなくて良いんだ。そのままで良い。戻って来てくれ。俺は凛と一緒にいたい。通春のことは俺が何度でも説得する」

 「通成様」

 「凛はどうしたい? 本当の気持ちを教えくれ」

 「私も。私も通成様と一緒にいたいです」

 その言葉を聞いた時、通成の心の中で安堵が広がった。

 凛をその場で抱き締めた。凛もまた、同じように通成の背中に腕を回し、しばらく二人で抱き合った。

  

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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