第9話

 客の邪魔にならないように、一番最後に列車を降りた。駅を出ると、通成は見慣れた故郷の風景に目を凝らした。建物は一部が焼け落ちていたり、昨日目にした家族の安否を知らせる伝言板が置かれていたりと、自分が召集される前に見た光景と変わっているところもあったが、友人たちと訪れたカフェーも映画館も変わらずその形を残していた。

 通成の胸に安堵が広がった。被害が酷ければ、面影を残すことなく悲惨な故郷を目の当たりにすることになったたろう。

 「瀬野様、どうかされましたか? この辺りは被害が大きいのですか?」

 一向に歩こうとしない彼を不思議に感じたのか、凛が心配そうに訊ねる。

 「いや、幸い被害は少ない。ただ、建物が一部焼け落ちていたりはしているが」

 「そうですか。……お住まいもご無事だと良いですね」

 「ああ、そうだな。凛、行くぞ」

 凛ははい、と答えると通成に手を引かれ歩き始めた。

 歩き出した時、子供の泣く声を背中で聞いた。


 通成の家は駅から少々離れた場所にある。駅から南側にある橋を渡り、更に歩いて行くと、民家が密集している所に出た。

 帰還兵である自分を見ても、殊更ことさら声をかけたりこちらに目を向ける者はほとんどいなかった。周りを見回せば、自分以外にも軍人姿の男達の姿があった。

 通成は顔を正面に戻し、

 「凛、もう少しだ」

 「はい」

 黙々と歩き続ける。へたに声を掛けられ、いざこざに巻き込まれるのを回避するためだ。帰還兵の中にはねぎらいの言葉を掛けられる者もいるが、全員がそうではない。通成が山の中で男に罵倒されたように、必死の思いで帰還しても「何故、生きて帰ってきたのか」と、非難する者も当然いる。

 途中の道を右に曲がり、緩やかな坂を登って行く。幾分もしないうちに通成は足を止めた。

 目の前にある家は通成の生まれ育った家だ。瓦がいくつか落ちて散乱してはいるが、形はほとんど家を出る時と変わらない。どうやら戦禍を免れたようだ。

 「凛、着いたぞ」

 通成は引き戸に手を掛け、開けた。中に一歩踏み入れる。辺りを見回すが、誰もいない。

 凛を促し家の中に入れると、二人で居間へ上がった。だが、やはり中は無人である。

 「少し待っていてくれ、奥も見て来る。包帯を外して良いぞ」

 「いえ、もしどなたかいらっしゃった時のことを踏まえて、もうしばらくこのままでおります」

 通成は分かった、と返事をしてから奥へ向かった。凛は暫くその場で待っていたが、通成は戻って来ると、

 「やはり誰もおらんな。別の場所に避難しているのかもしれない」

 その言葉を聞き、凛は頭と目を覆っていた包帯を外した。顔に安堵あんどの表情が見てとれる。

 「すまなかったな、不憫ふびんだったろう」

 「いえ、お手をわずらわせてしまって申し訳ありません」

 言い終えると、珍しそうに辺りを見回した。

 「人様のお宅にお邪魔するのは初めてです。立派なお宅ですね」

 「うちの家系は軍人の家系でな、俺の親父もそうだった。他の家よりいくらかは裕福だ」

 「そうでしたか、軍人様の……。 何となくですが、そのように感じておりました」

 通成は奥の部屋へ再び入ると、締め切ってあった雨戸に手を掛けた。長い間閉じられていたせいか立て付けが悪く、なんとか開けると日光か部屋の中に降り注いだ。

 「凛、遅くなってしまったが昼飯にしよう。近くの配給所から何か貰って来るから、ここで待っていてくれ」

 「分かりました。申し訳ありません、瀬野様もお疲れだというのに。あの、瀬野様がお戻りになるまでに、何かしなければいけないことはありませんか?」

 「いや、特にはない。君も疲れただろう、ゆっくり休んでいてくれ」

 そう言うと、通成は玄関に向かった。凜は引き戸が閉まり、彼の姿が見えなくなるまでその後姿見つめていた。

 

 

 

 

 

  

 

 


 


 

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