第5話

 二人で山の中を歩き続けていたが、視界が赤みがかってきたことに気付き、空を見上げた。

 上っていた太陽は西に傾き、日が徐々に沈んでいくのが分かる。

 「日が暮れてきたな。どこか休憩出来る場所が見つかれば良いが」

 「瀬野様、ここからそう遠くないところに猟師の方達の山小屋があるはずです。そちらへ向かいましょう」

 「そうだな。案内してくれ」

 その後は凛の案内により、完全に日が沈む前に山小屋に着くことが出来た。

 小屋の中はそれほど広くはなかったが、二人が入ってもまだ十分余裕がある。天井には電球が吊るされており、試しに点けてみると灯りは弱々しかったが、一晩過ごすには十分な程であった。

 「今日はここで一晩過ごそう」

 「はい」

 適当に切ったサツマイモとカボチャのつるでただけの汁物と、同じく茹でたトウモロコシが今晩の晩飯だ。もちろんこれらの食料は全て配給品である。

 「瀬野様、私は食べなくても平気ですので全て召し上がって下さい。今まで虫やその辺りにえていました雑草を食べて生きてきたので」

 通成はその言葉を聞き、危うくサツマイモを喉に詰まらせるところだった。困惑した顔を凛に向ける。

 「貴女様に少しでも多く召し上がって欲しいのです。帰還された方のお話では招集された方の中には餓死者も多くいらっしゃったといいます。配給品も以前より少ないように感じますし……」

 通成は持っていた箸をその場に置いた。真っ直ぐ彼女を見据えたまま、

 「確かに食う物に困ったことは事実だ。君の気持も分からなくはないが、そんなことは出来ん。何のために二人分の箸を用意したと思う?」

 凛は自分の前に置かれた箸に視線を落とした。食事をとる前に通成が彼女へ渡した箸だった。

 「俺は君を人間だと思って接しているんだ。ほら、折角の飯がめてしまう。それに一人より二人で食う方が良い」

 通成はそう言うと凛の目の前に置かれていた箸を持ち、彼女へ渡した。凛は少しの間戸惑った表情を向けていたが、やがて箸を持つとカボチャの蔓を口に運んだ。

 調味料などないため、何の味もしなかったがこの時だけは何故だか美味おいしく感じられた。


 その後は早々に就寝することにした。これといってしなければいけないこともなかったし、通成自身疲れがまっていた。船の上では熟睡など出来るはずもなく、また帰還してからずっと歩き詰めだったせいもある。

 矢島は家族と再会出来ただろうか。ふとそんなことを思った。

 歩き続けていた時、何度も知らない人から声を掛けられた。母親とおぼしき女性。自分と同じく帰還兵と思しき男性、幼い兄弟を連れた十四、五歳程の少女……。

 「なあ、凛?」

 通成は凛に声を掛けた。日本で起こったことを出来るだけ把握しておきたかったのだ。

 彼女は一つ一つ思い出すように語った。一日に何度も空襲警報が鳴り、そのたびに皆が防空壕に避難したこと。空襲の犠牲になった多くの人々の死体をの当たりにしたこと。辺りには腕やら足やらが転がっていたという。少ない配給品でその日その日を過ごさねばならなかったこと。親を失った子供たちの末路などを淡々とした口調で通成に聞かせた。

 「今でも耳の奥で警報の音が鳴り響くのです。その度におびえた表情で逃げる方達の顔が浮かびます」

 「そうか、もう十分だ。すまなかったな、辛いことを思い出させてしまって」

 通成は起き上がり、凛に近付いた。彼女の身体が震えたのを見て、通成は安心させるために穏やかな口調で言った。

 「安心しろ。襲ったりはしない」

 凛の表情から恐怖が消えた。小さく頷く。

 「驚かせてすまん」

 そう言うと、凛の頭に手を置いた。

 「ゆっくり休んでくれ。おやすみ」

 「はい。おやすみなさい」

 

 


 

 

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